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	<title> &#187; コラム</title>
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		<title>「買わない」ことをすすめるウェアブランド、パタゴニアの「新品よりずっといい」とする古着のススメって？</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Dec 2013 07:34:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[ORIGINAL]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/bluer/?p=20326</guid>
		<description><![CDATA[先日、パタゴニアに勤める知人から連絡があり、１２月１２日の木曜日、渋谷にあるストアのパタゴニア サーフ東京に行ってきた。 パタゴニアが定期的に展開しているストア・イベントがその夜に開催されるためで、WORN WEAR PARTYとする今回は新作の映像も見られるという。映像はパタゴニアと一緒に多くの作品を手がけてきたプロサーファーで映像作家のキース・マロイらマロイ兄弟によるもの。テーマはもちろん“WORN WEAR”。直訳すれば“着られたウエア”で、古着にまつわる内容ということだった。 古着。それこそ四十男の身としては、学生時代は普通に手にしていたモノ。新品より安かったし、「味のある年代モノがカッコイイ」という価値観にも乗って、古着屋をめぐっては、お宝を探すようにたくさんの商品を掘り返し、お気に入りのモノを探したりしていた。 対して今とはファストファッションの方が何かとコストパフォーマンスのいい時代。新しく、値段的にも安い。デザインだってそこそこ。お店も多いから探す手間が省けて、時間的なコスパもいい。いろいろと節約できるから、一点豪華主義で高価なアウターに手を出せる、なんていうこともできる。 リーバイスの５０１ＸＸといった年代モノにしても、同モデルをモチーフにした新品がいろんなブランドからたくさん出ているから、“リーバイスの５０１ＸＸ”という物語にそれほどの興味を覚えない場合は、デザインが気に入っているだけなどといった理由から新品を選ぶことにもなる。 そうして、ますますクローゼットから古着が消えていく。 ところが、この夜のパタゴニアで耳にした古着は、そもそもの捉え方が違った。「着古したアイテムでも、修理をして大切に着ていきましょう」「すでに着用していないアイテムがあるなら、他の人と交換しましょう」という姿勢を率先してすすめる、とてもウエアを扱う営利企業とは思えない内容なのだ。 ウエアブランドと思えない姿勢は、２０１１年にも見られた。１１月２５日付けのニューヨークタイムス紙に“DON’T BUY THIS JACKET（このジャケットを買わないで）”という内容の広告を掲載。ブラック・フライデーを意識したタイミングでの広告に、当時は大きな反響を呼んだことを覚えている。 このブラック・フライデー、パタゴニアの知人は「企業が赤字から黒字に転じる金曜日だから、そう呼ばれているんです」と教えてくれた。 いわく、アメリカの祝日に感謝祭という日が１１月の第４木曜日にあり、翌金曜日がブラック・フライデー。この日には感謝祭向けプレゼントの売れ残り一掃セールがおこなわれ、あまりに売り上げることから、その日まで赤字だった企業が黒字に転じるとまでいわれている、というものだ。 利益を追求する企業としては絶好となるタイミングで“DON’T BUY THIS JACKET”！　「なに考えてんの？」という思いを持つ人がいたと予想される一方、「なんともパタゴニアらしい」という思いを持った人もいた広告だった。 「らしい」というのは、「最高の製品をつくり、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する（『レスポンシブル・カンパニー』（ダイヤモンド社）より）」ことを企業の理念にしているため。「セールの雰囲気にあおられて不必要なモノを買う必要はないと思いませんか？」というメッセージを、広告を通じて発したためだ。 そして２０１３年は“WORN WEAR”というメッセージ。さらに“BETTER THAN NEW（新品よりもずっといい）”というキャッチコピーに関しては、広告をニューヨークタイムス紙に９月１０日付けで出した。その日はファッションウィークの真っ最中。きらびやかな最新ファッションが大都市ニューヨークを包み込むタイミングというのも、パタゴニアらしい印象を受ける。 「パタゴニアのビジネス規模は非常に小さいものです。ただ、先駆者としての誇りはあります。弊社の視察後に、ナイキさんがオーガニックコットンを使用したことがありました。たとえ取り扱う全製品の数パーセントであっても、全世界での使用となれば総量は非常に大きい。大企業は何かしらの変更を決断するにあたっては慎重に慎重を重ねますから、パタゴニアがそうした企業に判断材料を与えられる存在になることができれば嬉しいですね（知人談）」 オーガニックコットンに関して、随分と前に使用を決めたパタゴニアだが、スペインで生まれたブランドのトゥーサーズ創設者にインタビューをした際、彼も「コットン畑をめぐる環境は劣悪だ」といっていた。 彼、ルッツ・シュウィンケは元々国連研究員。研究員時代に訪れたアジアにあるコットン畑で、劇薬の農薬を素手で取り扱い、肌が大きくただれてしまった農夫の姿を数多く見てきたという。そうした背景から、トゥーサーズではオーガニックコットン、使われずに工場に眠っていたままのデッドストック生地を使い、ブランド展開をスタートさせた。農薬がまかれる環境と、コットン畑で従事する農夫への、悪しき影響を小さくするためだ。 もしファストファッションの全商品がオーガニックコットンによるものになれば、世界は大きく変わる。自然環境への負担は減り、労働環境も改善されて労働者への負担も減る。パタゴニアの知人とルッツはそのような話もしていた。 そして、“WORN WEAR”。 元々は、キース・マロイが長年使用してきたサーフギアにインスピレーションを得た取り組みで、着古した愛着あるパタゴニア製品にまつわる物語を共有するために設けた場所のこと。基本はオンラインでの展開らしく、この日の夜は、どこか特別な１日だったらしい。 実際のイベントでは、映像の上映後、来場者の一般パタゴニアフリーク数人が進行役のスタッフに促されて“愛着あるパタゴニア告白”をおこない、引き続き、要修理のウエア受付と、来場者が持参した不要となったウエア同士の交換会がおこなわれた。 渋谷のストアに足を運んだ来場者は４０名あまり。とてもとても小さな集い、ではある。でも、とても小さくても、みんなが楽しそうに愛用品について言葉を交わしたり、さらには、その愛用品を着て出かけていくアウトドアフィールドの情報を交換する様子は、なんだか暖かい雰囲気に包まれていた。 たぶん理由は、みんな好きなことにまっすぐで、同じような思いを共有している人たちだから。そんな光景を見ていると、愛情を注げる何かを身近に持っていることって、きっと幸せな時間につながるんだな、とも思えてきた。 ●WORN WEAR（着ることについてのストーリー） ●BETTER THAN NEW（新品よりもずっといい） ●DON’T BUY THIS JACKET（このジャケットを買わないで）]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>先日、パタゴニアに勤める知人から連絡があり、１２月１２日の木曜日、渋谷にあるストアのパタゴニア サーフ東京に行ってきた。</p>
<p>パタゴニアが定期的に展開しているストア・イベントがその夜に開催されるためで、WORN WEAR PARTYとする今回は新作の映像も見られるという。映像はパタゴニアと一緒に多くの作品を手がけてきたプロサーファーで映像作家のキース・マロイらマロイ兄弟によるもの。テーマはもちろん“WORN WEAR”。直訳すれば“着られたウエア”で、古着にまつわる内容ということだった。<br />
<img src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/12/worn-wear.jpg" alt="" title="worn wear" width="1417" height="899" class="aligncenter size-full wp-image-20333" /><br />
古着。それこそ四十男の身としては、学生時代は普通に手にしていたモノ。新品より安かったし、「味のある年代モノがカッコイイ」という価値観にも乗って、古着屋をめぐっては、お宝を探すようにたくさんの商品を掘り返し、お気に入りのモノを探したりしていた。</p>
<p>対して今とはファストファッションの方が何かとコストパフォーマンスのいい時代。新しく、値段的にも安い。デザインだってそこそこ。お店も多いから探す手間が省けて、時間的なコスパもいい。いろいろと節約できるから、一点豪華主義で高価なアウターに手を出せる、なんていうこともできる。</p>
<p>リーバイスの５０１ＸＸといった年代モノにしても、同モデルをモチーフにした新品がいろんなブランドからたくさん出ているから、“リーバイスの５０１ＸＸ”という物語にそれほどの興味を覚えない場合は、デザインが気に入っているだけなどといった理由から新品を選ぶことにもなる。</p>
<p>そうして、ますますクローゼットから古着が消えていく。</p>
<p>ところが、この夜のパタゴニアで耳にした古着は、そもそもの捉え方が違った。「着古したアイテムでも、修理をして大切に着ていきましょう」「すでに着用していないアイテムがあるなら、他の人と交換しましょう」という姿勢を率先してすすめる、とてもウエアを扱う営利企業とは思えない内容なのだ。</p>
<p>ウエアブランドと思えない姿勢は、２０１１年にも見られた。１１月２５日付けのニューヨークタイムス紙に“DON’T BUY THIS JACKET（このジャケットを買わないで）”という内容の広告を掲載。ブラック・フライデーを意識したタイミングでの広告に、当時は大きな反響を呼んだことを覚えている。<br />
<img src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/12/black-friday01.jpg" alt="" title="black friday01" width="600" height="820" class="aligncenter size-full wp-image-20334" /><br />
このブラック・フライデー、パタゴニアの知人は「企業が赤字から黒字に転じる金曜日だから、そう呼ばれているんです」と教えてくれた。</p>
<p>いわく、アメリカの祝日に感謝祭という日が１１月の第４木曜日にあり、翌金曜日がブラック・フライデー。この日には感謝祭向けプレゼントの売れ残り一掃セールがおこなわれ、あまりに売り上げることから、その日まで赤字だった企業が黒字に転じるとまでいわれている、というものだ。</p>
<p>利益を追求する企業としては絶好となるタイミングで“DON’T BUY THIS JACKET”！　「なに考えてんの？」という思いを持つ人がいたと予想される一方、「なんともパタゴニアらしい」という思いを持った人もいた広告だった。</p>
<p>「らしい」というのは、「最高の製品をつくり、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する（『レスポンシブル・カンパニー』（ダイヤモンド社）より）」ことを企業の理念にしているため。「セールの雰囲気にあおられて不必要なモノを買う必要はないと思いませんか？」というメッセージを、広告を通じて発したためだ。</p>
<p>そして２０１３年は“WORN WEAR”というメッセージ。さらに“BETTER THAN NEW（新品よりもずっといい）”というキャッチコピーに関しては、広告をニューヨークタイムス紙に９月１０日付けで出した。その日はファッションウィークの真っ最中。きらびやかな最新ファッションが大都市ニューヨークを包み込むタイミングというのも、パタゴニアらしい印象を受ける。<br />
<img src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/12/black-friday02.jpg" alt="" title="black friday02" width="607" height="610" class="aligncenter size-full wp-image-20335" /><br />
「パタゴニアのビジネス規模は非常に小さいものです。ただ、先駆者としての誇りはあります。弊社の視察後に、ナイキさんがオーガニックコットンを使用したことがありました。たとえ取り扱う全製品の数パーセントであっても、全世界での使用となれば総量は非常に大きい。大企業は何かしらの変更を決断するにあたっては慎重に慎重を重ねますから、パタゴニアがそうした企業に判断材料を与えられる存在になることができれば嬉しいですね（知人談）」</p>
<p>オーガニックコットンに関して、随分と前に使用を決めたパタゴニアだが、スペインで生まれたブランドのトゥーサーズ創設者にインタビューをした際、彼も「コットン畑をめぐる環境は劣悪だ」といっていた。</p>
<p>彼、ルッツ・シュウィンケは元々国連研究員。研究員時代に訪れたアジアにあるコットン畑で、劇薬の農薬を素手で取り扱い、肌が大きくただれてしまった農夫の姿を数多く見てきたという。そうした背景から、トゥーサーズではオーガニックコットン、使われずに工場に眠っていたままのデッドストック生地を使い、ブランド展開をスタートさせた。農薬がまかれる環境と、コットン畑で従事する農夫への、悪しき影響を小さくするためだ。</p>
<p>もしファストファッションの全商品がオーガニックコットンによるものになれば、世界は大きく変わる。自然環境への負担は減り、労働環境も改善されて労働者への負担も減る。パタゴニアの知人とルッツはそのような話もしていた。</p>
<p>そして、“WORN WEAR”。</p>
<p>元々は、キース・マロイが長年使用してきたサーフギアにインスピレーションを得た取り組みで、着古した愛着あるパタゴニア製品にまつわる物語を共有するために設けた場所のこと。基本はオンラインでの展開らしく、この日の夜は、どこか特別な１日だったらしい。</p>
<p>実際のイベントでは、映像の上映後、来場者の一般パタゴニアフリーク数人が進行役のスタッフに促されて“愛着あるパタゴニア告白”をおこない、引き続き、要修理のウエア受付と、来場者が持参した不要となったウエア同士の交換会がおこなわれた。</p>
<p>渋谷のストアに足を運んだ来場者は４０名あまり。とてもとても小さな集い、ではある。でも、とても小さくても、みんなが楽しそうに愛用品について言葉を交わしたり、さらには、その愛用品を着て出かけていくアウトドアフィールドの情報を交換する様子は、なんだか暖かい雰囲気に包まれていた。</p>
<p>たぶん理由は、みんな好きなことにまっすぐで、同じような思いを共有している人たちだから。そんな光景を見ていると、愛情を注げる何かを身近に持っていることって、きっと幸せな時間につながるんだな、とも思えてきた。</p>
<p><span style="color: #0000ff;"><a href="http://wornwearjapan.patagonia.com/" target="_blank"><span style="color: #0000ff;">●WORN WEAR（着ることについてのストーリー）</span></a></span><br />
<iframe width="640" height="360" src="//www.youtube.com/embed/oui2i0awBpg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<span class="Apple-style-span" style="color: #0000ff;"><a href="http://www.thecleanestline.jp/2013/09/better-than-new-fashion-week-new-york-times-worn-wear-patagonia-common-threads-partnership.html" target="_blank">●BETTER THAN NEW（新品よりもずっといい）</a></span><br />
<span style="color: #0000ff;"><a href="http://www.thecleanestline.jp/2011/12/dont-buy-this-jacket-black-friday-and-the-new-york-times.html" target="_blank">●DON’T BUY THIS JACKET（このジャケットを買わないで）</a></span></p>
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		<title>カスタムボード　〜同じサイズでも乗り味は異なる匠の世界〜</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Dec 2013 13:28:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ORIGINAL]]></category>

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		<description><![CDATA[同じMサイズのTシャツなのにブランドによって着心地は違うし、同じサイズのスーツだけれど、既製品よりオーダーメイドの方に愛着が湧く。どちらも洋服好きにとってはごく自然な事柄は、そのままサーフボードにも当てはまる。 サーフボードを世に送り出すブランドは、それぞれファッションでいうところのデザイナーを抱え、各々が思うサーフィン観を３次曲線で表現する。ハイファッションの世界で名を馳せる人物もいれば、ドメスティックブランドだって存在する、というように。 当然ながらすべてが正解。何より肝心なのは、どのようなスタイルを楽しみたいのか、という購入側の意識にある。 写真にあるインチ表示された数字は、左から「長さ」「幅」「厚さ」というサーフボードのサイズを示していて、サーフボード制作における要となるもの。これらの数値と、ユーザーの「身長」「体重」「技量」「目指したいサーフスタイル」からシェイパーは自身の経験からご自慢の１本をつくり出す。 「技量」と「スタイル」についてはデジタル化できず、ここにシェイパーの感性があらわれる。ちなみに「For Me」とは自分用に削ったという意味。乗りたいボードを創造してしまうのだから、そのような人はもはや遊びの天才としかいうほかない。 今の時代、世間には多彩なサーフボードの形状が展開されている。あらゆるサーファーの「こんなふうにサーフィンがしたい」という欲求を叶えてくれる時代であって、目指すスタイルによって手にするべき形状は変化する。 だから、まずは既製品でスタートしても、「こんなサーフィンがしたいんだけど……」という欲求が生まれてくるほどに至った時、いきつけのテーラー（＝サーフボードブランドまたはサーフショップ）の存在は意味を持つようになる。お互いの顔が見える付き合いを続けると自分では気づけなかった提案をもらうこともあり、新しい楽しみが、生活のもたらされることになる。 ※近年では「長さ」「幅」「厚さ」に加えて「浮力」がサーフボード特性を表す数値として加わっている。その内容については、こちらのコラムへ。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=20126" rel="attachment wp-att-20126"><img class="alignnone  wp-image-20126" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/12/custom.jpg" alt="" width="778" height="518" /></a><br />
同じMサイズのTシャツなのにブランドによって着心地は違うし、同じサイズのスーツだけれど、既製品よりオーダーメイドの方に愛着が湧く。どちらも洋服好きにとってはごく自然な事柄は、そのままサーフボードにも当てはまる。</p>
<p>サーフボードを世に送り出すブランドは、それぞれファッションでいうところのデザイナーを抱え、各々が思うサーフィン観を３次曲線で表現する。ハイファッションの世界で名を馳せる人物もいれば、ドメスティックブランドだって存在する、というように。</p>
<p>当然ながらすべてが正解。何より肝心なのは、どのようなスタイルを楽しみたいのか、という購入側の意識にある。</p>
<p>写真にあるインチ表示された数字は、左から「長さ」「幅」「厚さ」というサーフボードのサイズを示していて、サーフボード制作における要となるもの。これらの数値と、ユーザーの「身長」「体重」「技量」「目指したいサーフスタイル」からシェイパーは自身の経験からご自慢の１本をつくり出す。</p>
<p>「技量」と「スタイル」についてはデジタル化できず、ここにシェイパーの感性があらわれる。ちなみに「For Me」とは自分用に削ったという意味。乗りたいボードを創造してしまうのだから、そのような人はもはや遊びの天才としかいうほかない。</p>
<p>今の時代、世間には多彩なサーフボードの形状が展開されている。あらゆるサーファーの「こんなふうにサーフィンがしたい」という欲求を叶えてくれる時代であって、目指すスタイルによって手にするべき形状は変化する。</p>
<p>だから、まずは既製品でスタートしても、「こんなサーフィンがしたいんだけど……」という欲求が生まれてくるほどに至った時、いきつけのテーラー（＝サーフボードブランドまたはサーフショップ）の存在は意味を持つようになる。お互いの顔が見える付き合いを続けると自分では気づけなかった提案をもらうこともあり、新しい楽しみが、生活のもたらされることになる。</p>
<p>※近年では「長さ」「幅」「厚さ」に加えて「浮力」がサーフボード特性を表す数値として加わっている。その内容については、<span style="color: #0000ff;"><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?p=13674" target="_blank"><span style="color: #0000ff;">こちらのコラム</span></a></span>へ。</p>
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		<title>５０年ぶりに蘇ったカナダの波</title>
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		<pubDate>Sat, 23 Nov 2013 08:13:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[ORIGINAL]]></category>

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		<description><![CDATA[　５０年ぶりに姿を見せた波がカナダにある。 　東海岸に面するファンディ湾近郊がその場所で、サーフされた波はギネス級に時間も距離も長かったとフォトグラファーのヤジン・ウーヒラルは振り返った。 　休み休みではあったものの、サーフした総時間はなんと約２時間。総距離は３０キロ近く。被写体となるサーファーは１週間の滞在で、１５０キロ以上に及ぶ長さをサーフ。ひたすらロングボードにぴったりの波に乗り続けたという。 　今回紹介する波は、海ではなくて川に出現する。英名でタイダル・ボア（＝Tidal Bore）と呼ばれる現象は、干満によって潮が川を逆流し、上流から流れくる淡水と出会う瞬間、波は生まれるのだ。 　このような波は南米ブラジルのポロロッカが有名だが、なかでもカナダの現象が特別である点は、波が毎日あらわれることにある。他は干満差が最大となる大潮の時に限定される一方、世界随一の干満差を持つ地域性から、他地域における大潮時の状況が日常なためだ。 　そして話題の主役となる波は、ダムが建設され失われ、運営停止となり蘇った。ことごとく、スケールが壮大なのである。 　また、チョコレートリバーと呼ばれる川の水はあまりに茶色く、汚染されているようにさえ思える。しかし実際はその逆。周囲の環境はユネスコの生物保護区に指定されるほど豊かな自然があふれ、水の色は川床の泥が交じり合っているための天然色なのだという。 　蘇った波は話題を呼び、メディアや観光客が足を運ぶなど注目を集めている。しかしヤジンいわく、ローカルサーファーのレベルは発達途上。今ならパーフェクトな波に乗り放題なのだとか。バレルのセクションもあるというチョコレート・ウェイブ。行くか行かないかを決める前に、まずはコチラの映像を！ ★トロントの新聞『ナショナルポスト』に掲載された記事 Article from NATIONAL POST＠TRONT, CANADA ★世界に点在するタイダル・ボアの波 SURFING TIDAL BORES]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=20080" rel="attachment wp-att-20080"><img class="alignnone  wp-image-20080" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/11/tidal.jpg" alt="" width="564" height="423" /></a><br />
　５０年ぶりに姿を見せた波がカナダにある。</p>
<p>　東海岸に面するファンディ湾近郊がその場所で、サーフされた波はギネス級に時間も距離も長かったとフォトグラファーのヤジン・ウーヒラルは振り返った。</p>
<p>　休み休みではあったものの、サーフした総時間はなんと約２時間。総距離は３０キロ近く。被写体となるサーファーは１週間の滞在で、１５０キロ以上に及ぶ長さをサーフ。ひたすらロングボードにぴったりの波に乗り続けたという。</p>
<p>　今回紹介する波は、海ではなくて川に出現する。英名でタイダル・ボア（＝Tidal Bore）と呼ばれる現象は、干満によって潮が川を逆流し、上流から流れくる淡水と出会う瞬間、波は生まれるのだ。</p>
<p>　このような波は南米ブラジルのポロロッカが有名だが、なかでもカナダの現象が特別である点は、波が毎日あらわれることにある。他は干満差が最大となる大潮の時に限定される一方、世界随一の干満差を持つ地域性から、他地域における大潮時の状況が日常なためだ。</p>
<p>　そして話題の主役となる波は、ダムが建設され失われ、運営停止となり蘇った。ことごとく、スケールが壮大なのである。</p>
<p>　また、チョコレートリバーと呼ばれる川の水はあまりに茶色く、汚染されているようにさえ思える。しかし実際はその逆。周囲の環境はユネスコの生物保護区に指定されるほど豊かな自然があふれ、水の色は川床の泥が交じり合っているための天然色なのだという。</p>
<p>　蘇った波は話題を呼び、メディアや観光客が足を運ぶなど注目を集めている。しかしヤジンいわく、ローカルサーファーのレベルは発達途上。今ならパーフェクトな波に乗り放題なのだとか。バレルのセクションもあるというチョコレート・ウェイブ。行くか行かないかを決める前に、まずはコチラの映像を！</p>
<p><iframe width="640" height="360" src="//www.youtube.com/embed/VX__0o6QAck" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>★トロントの新聞『ナショナルポスト』に掲載された記事<br />
<span style="color: #0000ff;"><a href="http://news.nationalpost.com/2013/09/18/surfing-petitcodiac-river-tidal-bore/" target="_blank"><span style="color: #0000ff;"> Article from NATIONAL POST＠TRONT, CANADA</span></a></span></p>
<p>★世界に点在するタイダル・ボアの波<br />
<span style="color: #0000ff;"><a href="http://www.tripline.net/trip/Surfing_Tidal_Bores_-0254067015741003A7FFC8D3F92B5B2A" target="_blank"><span style="color: #0000ff;"> SURFING TIDAL BORES</span></a></span></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>表情の激しいギャップが魅力の、ユーラシア大陸の果てにある街</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Nov 2013 03:30:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ORIGINAL]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/bluer/?p=19588</guid>
		<description><![CDATA[　ポルトガルの中西部にあるナザレは、屈指のビーチリゾートとして、美しい砂浜が魅力的な場所。首都のリスボンから北へ１時間ちょっと。そのため夏にはいろんな国から観光客が集まってくる場所です。 　そして、キャノンがミラーレス一眼、EOS M用のCM撮りをした場所も、このナザレ。クリエイティブディレクターの森本千絵さんはサーフィンをしていて、そのためもあってか、ポルトガルならではの美しい町並みを切り取りながら海を入れる、というディレクションをされていました。 　ちなみにスチールカメラマンとして同行した山田博行さんは、長らくスノーボードの世界で映像や写真を数多く残してきた人。サーフィンもされていて、ずっぽり横乗りの人であるのですが、最近では広末涼子さんを起用したniko andのCMも撮られています。 　CM内で使用された雪山（きっとアラスカの空撮です）は、もちろん山田さんによる映像。同様の世界観は、撮影から編集まで手がけたプロスキーヤーの佐々木大輔さんにフォーカスした映像『エンド・オブ・ザ・ライン』でたっぷり味わえます。 　さてナザレです。すでに記してきたように、多くの旅行者にとってナザレはのんびりと過ごしたい素敵なビーチリゾートであるわけですが、１１度の世界タイトル保持者であるケリー・スレーターにとってはちょっと異なるようでした。 Kelly Slater * Alone in Nazare from Wonderland Prod on Vimeo. 　これはサーフィンの世界大会（世界サーフィン連盟によるWCTツアーの１戦＠ポルトガル）に出場するためナザレを訪れた際、たったひとりで波と戯れていた映像です。 　見るからに波は大きく、クオリティーも「？？？」ですが、彼にとってはサーフするのに十分な波だったようです。それにしても、ここまでケリーが波に巻かれる光景を見るのも久々。それだけ波が激しかったのだと思われますが、実はナザレはビッグウェイブ好きが狙い続ける波がブレイクする場としても知られているのです。 　この写真は先月末、ブラジル出身のカルロス・ブールレがライドしたナザレの波。世界最大級の波だったという話が伝わってきています。すべての物事は多面体ではありますが、ここまでギャップの激しい場所も珍しいと思われます。あまりの多様な表情に、そして近年盛り上がっているというポルトガルのサーフシーンに、来夏はユーラシア大陸の果てにでも行ってみようかな、なんて考えはじめたところです。 CANON EOS M特別サイト]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=19589" rel="attachment wp-att-19589"><img class="alignnone size-full wp-image-19589" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/11/photo01.jpg" alt="" width="600" height="400" /></a><br />
　ポルトガルの中西部にあるナザレは、屈指のビーチリゾートとして、美しい砂浜が魅力的な場所。首都のリスボンから北へ１時間ちょっと。そのため夏にはいろんな国から観光客が集まってくる場所です。</p>
<p>　そして、キャノンがミラーレス一眼、EOS M用のCM撮りをした場所も、このナザレ。クリエイティブディレクターの森本千絵さんはサーフィンをしていて、そのためもあってか、ポルトガルならではの美しい町並みを切り取りながら海を入れる、というディレクションをされていました。</p>
<p><iframe src="//www.youtube.com/embed/5ScMoUJMYug" frameborder="0" width="300" height="169"></iframe></p>
<p>　ちなみにスチールカメラマンとして同行した山田博行さんは、長らくスノーボードの世界で映像や写真を数多く残してきた人。サーフィンもされていて、ずっぽり横乗りの人であるのですが、最近では広末涼子さんを起用したniko andのCMも撮られています。</p>
<p><iframe src="//www.youtube.com/embed/7C20dKem8zY" frameborder="0" width="300" height="169"></iframe></p>
<p>　CM内で使用された雪山（きっとアラスカの空撮です）は、もちろん山田さんによる映像。同様の世界観は、撮影から編集まで手がけたプロスキーヤーの佐々木大輔さんにフォーカスした映像『エンド・オブ・ザ・ライン』でたっぷり味わえます。</p>
<p>　さてナザレです。すでに記してきたように、多くの旅行者にとってナザレはのんびりと過ごしたい素敵なビーチリゾートであるわけですが、１１度の世界タイトル保持者であるケリー・スレーターにとってはちょっと異なるようでした。</p>
<p><iframe src="//player.vimeo.com/video/76636324?color=ff9933" frameborder="0" width="300" height="169"></iframe></p>
<p><a href="http://vimeo.com/76636324">Kelly Slater * Alone in Nazare</a> from <a href="http://vimeo.com/user9377712">Wonderland Prod</a> on <a href="https://vimeo.com">Vimeo</a>.</p>
<p>　これはサーフィンの世界大会（世界サーフィン連盟によるWCTツアーの１戦＠ポルトガル）に出場するためナザレを訪れた際、たったひとりで波と戯れていた映像です。</p>
<p>　見るからに波は大きく、クオリティーも「？？？」ですが、彼にとってはサーフするのに十分な波だったようです。それにしても、ここまでケリーが波に巻かれる光景を見るのも久々。それだけ波が激しかったのだと思われますが、実はナザレはビッグウェイブ好きが狙い続ける波がブレイクする場としても知られているのです。<br />
<img class="alignleft size-full wp-image-19644" title="nazare bigwave" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/11/nazare-bigwave.jpg" alt="" width="620" height="399" /></p>
<p>　この写真は先月末、ブラジル出身のカルロス・ブールレがライドしたナザレの波。世界最大級の波だったという話が伝わってきています。すべての物事は多面体ではありますが、ここまでギャップの激しい場所も珍しいと思われます。あまりの多様な表情に、そして近年盛り上がっているというポルトガルのサーフシーンに、来夏はユーラシア大陸の果てにでも行ってみようかな、なんて考えはじめたところです。</p>
<p><a href="http://cweb.canon.jp/eos/special/helloml-eos/pc/bayblue/index.html" target="_blank"><span style="color: #0000ff;">CANON EOS M特別サイト</span></a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>ロブ・マチャドが切り取った「日本」「人」「海」「震災」</title>
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		<pubDate>Wed, 11 Sep 2013 07:28:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[田中 菜穂子 / プロデューサー]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[BLUERマガジン]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[Pickup]]></category>

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		<description><![CDATA[　日本人サーファーなら知らない人はいないほど世界的にも有名なサーファーでもあるロブ・マチャドによるショートドキュメンタリーのセカンド・エピソード-THROUGH THE LENS with Rob Machado – Taka’s Treehouseが仕上がった。彼のファンでなければ映像の再生ボタンを押すことなくスルーしてしまうかもしれないが、今度ばかりはファンでなくてもサーファーではなくても、そのボタンを押してみても良いかもしれない。 THROUGH THE LENS with Rob Machado &#8211; Taka&#8217;s Treehouse from Hurley Japan on Vimeo. 　既にコンペを引退し、今は世界を旅するなど独自発信をしている彼が日本にやってきた今年５月。彼の行くところ行くところ、アイドルを追いかけるファンのごとく、サーフメディアも含めて熱くなり数日間は報道やネット露出が絶えなかったことが記憶に新しい。 　かつてはWCTという第一戦の舞台でコンペティションを盛り上げていた実力者だが、何よりその風貌、自然体なサーフィンスタイルがスタイリッシュであり個性的で、ぶれないプリミティブさがむしろ先進的にも思え、まったくアクのない内面がザ・サーファーそのもののようにも思える。日本人にとって特別で稀有なタレントサーファーである。 　さて、なぜ今回の映像が特別なのか、といえば、それは日本人が語り難き、東日本大震災についても映し出しているからだ。ファースト・エピソードは独特だったが、今回は、日本の素晴らしさや稀有さを描くなどロブを知らない日本人でも見ることができる作品だ。 　この狭い国土にある30％は人の手が介在した先進的空間によって成り立ち、残り70％は手つかずの豊かな自然があふれている。特に自身のInstagramでも描いているように都市ではアジアとも欧米でもない“JAPAN”というファッションに心ときめき、インフラは整備され、未来的なフォルムの新幹線が未来を想像させた。 一方、今回登場するツリーハウスクリエイターとして著名な小林崇氏と面会し、彼がその豊かなる自然の木々を使って住まい、森林と寄り添いながらもサーファーとして海でも戯れる、そんな海や山が見事なまでに生活に溶け込みながらも、未来的な都市の機能やカルチャーの異文化もあるこの日本が、おそらく絡み合い凝縮されてその目に映ったに違いない。 capture/THROUGH THE LENS with Rob Machado – Taka’s Treehouse 　偶然なのか必然なのか、その小林崇氏が過去２０年間の作品の中でもっとも世界に見せたいと願うツリーハウスは、奇しくも地震や津波で被災した子供たちが授業できるよう作られた木の家だった。小林氏との出会い、エピソードを通して、日本という国の先進性、自然だけではない、「人」の思いやりや素晴らしさがラストに描かれている。 capture/THROUGH THE LENS with Rob Machado – Taka’s Treehouse 　当然、内にいると見えないものがある。日常に埋没すると忘れる幸せがある。 　この日本に生まれたこと、日本の稀有さや素晴らしさをあらためて認識させてくれたロブ・マチャドが見たレンズ越しの目線。 　この映像の再生ボタンを押すことで、あらためて震災の重みを含め、それぞれ感じることがあるだろう。そして日本の現状や素晴らしさが、ロブの力によってさらに世界に発信され、共有されることを願いたいと思う。 ロブマチャドInstagramより http://instagram.com/rob_machado http://www.hurley.jp/through_the_lens/ http://www.hurley.jp/]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter  wp-image-18531" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/namairu_lens.jpg" alt="" width="480" height="384" /></p>
<p>　日本人サーファーなら知らない人はいないほど世界的にも有名なサーファーでもあるロブ・マチャドによるショートドキュメンタリーのセカンド・エピソード-THROUGH THE LENS with Rob Machado – Taka’s Treehouseが仕上がった。彼のファンでなければ映像の再生ボタンを押すことなくスルーしてしまうかもしれないが、今度ばかりはファンでなくてもサーファーではなくても、そのボタンを押してみても良いかもしれない。</p>
<p><iframe src="//player.vimeo.com/video/73828016" frameborder="0" width="500" height="281"></iframe></p>
<p><a href="http://vimeo.com/73828016">THROUGH THE LENS with Rob Machado &#8211; Taka&#8217;s Treehouse</a> from <a href="http://vimeo.com/hurleyjapan">Hurley Japan</a> on <a href="https://vimeo.com">Vimeo</a>.</p>
<p>　既にコンペを引退し、今は世界を旅するなど独自発信をしている彼が日本にやってきた今年５月。彼の行くところ行くところ、アイドルを追いかけるファンのごとく、サーフメディアも含めて熱くなり数日間は報道やネット露出が絶えなかったことが記憶に新しい。</p>
<p>　かつてはWCTという第一戦の舞台でコンペティションを盛り上げていた実力者だが、何よりその風貌、自然体なサーフィンスタイルがスタイリッシュであり個性的で、ぶれないプリミティブさがむしろ先進的にも思え、まったくアクのない内面がザ・サーファーそのもののようにも思える。日本人にとって特別で稀有なタレントサーファーである。</p>
<p>　さて、なぜ今回の映像が特別なのか、といえば、それは日本人が語り難き、東日本大震災についても映し出しているからだ。ファースト・エピソードは独特だったが、今回は、日本の素晴らしさや稀有さを描くなどロブを知らない日本人でも見ることができる作品だ。</p>
<p>　この狭い国土にある30％は人の手が介在した先進的空間によって成り立ち、残り70％は手つかずの豊かな自然があふれている。特に自身のInstagramでも描いているように都市ではアジアとも欧米でもない“JAPAN”というファッションに心ときめき、インフラは整備され、未来的なフォルムの新幹線が未来を想像させた。<br />
一方、今回登場するツリーハウスクリエイターとして著名な小林崇氏と面会し、彼がその豊かなる自然の木々を使って住まい、森林と寄り添いながらもサーファーとして海でも戯れる、そんな海や山が見事なまでに生活に溶け込みながらも、未来的な都市の機能やカルチャーの異文化もあるこの日本が、おそらく絡み合い凝縮されてその目に映ったに違いない。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter  wp-image-18537" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/capture012.jpg" alt="" width="750" height="206" />capture/THROUGH THE LENS with Rob Machado – Taka’s Treehouse</p>
<p>　偶然なのか必然なのか、その小林崇氏が過去２０年間の作品の中でもっとも世界に見せたいと願うツリーハウスは、奇しくも地震や津波で被災した子供たちが授業できるよう作られた木の家だった。小林氏との出会い、エピソードを通して、日本という国の先進性、自然だけではない、「人」の思いやりや素晴らしさがラストに描かれている。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter  wp-image-18536" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/capture021.jpg" alt="" width="754" height="211" />capture/THROUGH THE LENS with Rob Machado – Taka’s Treehouse</p>
<p>　当然、内にいると見えないものがある。日常に埋没すると忘れる幸せがある。</p>
<p>　この日本に生まれたこと、日本の稀有さや素晴らしさをあらためて認識させてくれたロブ・マチャドが見たレンズ越しの目線。</p>
<p>　この映像の再生ボタンを押すことで、あらためて震災の重みを含め、それぞれ感じることがあるだろう。そして日本の現状や素晴らしさが、ロブの力によってさらに世界に発信され、共有されることを願いたいと思う。</p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter  wp-image-18539" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/cature03_namiaru_robmachado1.jpg" alt="" width="640" height="221" />ロブマチャドInstagramより <a href="http://instagram.com/rob_machado" target="_blank"><span style="text-decoration: underline;">http://instagram.com/rob_machado</span></a></p>
<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter  wp-image-18487" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/01-266x400.jpg" alt="" width="213" height="320" /></p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.hurley.jp/through_the_lens/" target="_blank">http://www.hurley.jp/through_the_lens/</a></span><br />
<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.hurley.jp/" target="_blank">http://www.hurley.jp/</a></span></p>
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		<title>＜編集後記＞「ヴィック・ムニーズ／ごみアートの奇跡」を観て、ソーシャルシネマの観方を考える</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Sep 2013 02:10:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[嶋川 京都 ( ライターネーム：miyaco* ) / 編集者・Webディレクター]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[　ドキュメンタリー映画を観るのは苦手だ。 　この世にあるその手の映画は、社会へ問題提議を行うものがほとんどで、リアリティがありすぎるからだ。（現実で起こっていることなのだから、当たり前なのだけれど ） 　受け止めるがツラく、観終わった後、気持ちの整理がなかなかつかない。大概は、心がざわつき、もやもやとした気持ちを消化できない。 （ちなみに、社会的テーマを扱ったドキュメンタリー映画を「ソーシャルシネマ」というらしいことも本イベントで知った） 　どうしてそのような気持ちになるのか、本イベントを通して理由がわかった。 イベント当日の様子はコチラ： ＜イベントレポート＞論-RON- × Social Cinema Vol.1＠代官山シアターサイバード 　ひとつには、その手の映画は、映画内で定義された問題に、決して答えを持っていないにも関わらず、観ているこちらとしては、何かしらの完結（答え）を求めているからだ。 　ハッピーエンド、バッドエンドという言葉があるくらい、私たちは、１本の映画をその時間内に完結させたがる。私たち人間が抱える問題は、複雑で、答えの出ないものばかりなのだから、120分そこらで、◯◯エンドなどというフィクション映画のようにはいかないのは当たり前だ。 　そして、もうひとつは、映画内で定義された問題に対して、誰かと論じる場がないからだと思う。共に社会で生きている人たちと、映画を通して自分が感じたこと、悲しかったこと、幸せに思ったこと、とにかく自分の心のざわつきを、何か声に出してみることをしていないからだと思う。 　そして、時間が経つにつれて、当時思っていた気持ちが薄らいでいき、その映画を観たことがなかったことになっていく。大概は、そういう結末だ。 　本ベントでは、完結（答え）のない映画を多くの人たちと観て、論じる場があった。 　だから、心のざわつきを少し希望に変えることが出来た。「ああ、ドキュメンタリー映画は、こういう風に観るものなんだ」と、腹落ちした。個人的には良い経験だったと思う。 「ヴィック・ムニーズ／ごみアートの奇跡」について 　最後に、上映された「ヴィック・ムニーズ／ごみアートの奇跡」に触れておきたい。 　本映画は、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート作品であり 、2010年国際ドキュメンタリー協会IDA最優秀賞、他30以上の賞を受賞した名作。「芸術で世界を変える! ! 」ブラジル生まれのアーティスト ヴィック・ムニーズの決心が、世界最大のごみ処理場で働く人々の人生を輝かせていく感動のドキュメンタリーである。 　私も会場で映画を観たが、何度も泣きそうになった。映画では、リオデジャネイロ郊外にある世界最大級のゴミ処分場「ジャウジン・グラマーショ」での2年間の活動が記録されている。 　日本では、ゴミ分別が当たり前になっているが（一部、マナーの悪い人たちには守られていないが）、ブラジルでは、企業や家庭のゴミが一即多にゴミ処理場に集められる。映像からも異臭が伝わってきそうなとても劣悪な環境のように見えた。 　そのゴミ捨て場には、幼い子供から老人まで、老若男女の「回収人」がいて、リサイクル資源を入れる大きな袋を片手にひろい集めてまわる。集めた資源は業者が集めに来て、それで報酬をもらっている。 　お金はそこまで悪くはない、働いている人たちは、口々に「回収人」であることを誇らしいと言う。半分本当で、半分はどこか嘘だ。彼らは、明らかに社会から取り残されている。 　　アートの力で、この劣悪な環境をどうにかしたいと考えたのが、アーティストのヴィック・ムニーズだ。彼はロンドンに拠点を置く芸術家で、ブラジルに生まれ、貧しい家庭環境で育った。 　彼は現地の足を運び、そこで働く人々を取材し、アートのモデルとなる「回収人」たちを集めた。集められた「回収人」たちはアート製作に携わり、その中で彼らの意識がどんどん変わっていく。彼らの表情がみるみるうちに変わっていくのが見て取れた。 　彼は、製作した作品を世界的に有名なオークションで販売、そのお金を回収人達が所属する協会に全額寄付する。 　映画の後半では、一連のゴミ処理場で働く彼らの環境を変えることが出来ないにも関わらず、彼らの意識だけを変えていくことが良いことなのかの是非を問う。とてもむずかしい問題である。 　ただ、映画を観た私が、最後にひとつだけ言えることは、彼らの意識を変えたことで、彼らの行動や、生き方が変わったということだ。 ぜひ、気になった方は映画を観に足を運んで欲しい。詳細はコチラ ▼予告編 ドキュメンタリー映画……、これからは観る機会を少しだけ増やそうと思う。観終わった後の心のざわつきを覚悟の上で。 ▼この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます。 ・＜イベントレポート＞論-RON- × Social Cinema Vol.1＠代官山シアターサイバード ・「 論-RON- × Social Cinema 」いよいよ明日開催]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/ron.png"><img src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/09/ron.png" alt="" title="ron" width="700" height="990" class="aligncenter size-full wp-image-18403" /></a><br />
　ドキュメンタリー映画を観るのは苦手だ。</p>
<p>　この世にあるその手の映画は、社会へ問題提議を行うものがほとんどで、リアリティがありすぎるからだ。（現実で起こっていることなのだから、当たり前なのだけれど ）<br />
　受け止めるがツラく、観終わった後、気持ちの整理がなかなかつかない。大概は、心がざわつき、もやもやとした気持ちを消化できない。</p>
<p>（ちなみに、社会的テーマを扱ったドキュメンタリー映画を「ソーシャルシネマ」というらしいことも本イベントで知った）</p>
<p>　どうしてそのような気持ちになるのか、本イベントを通して理由がわかった。</p>
<p>イベント当日の様子はコチラ：<br />
<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?p=18359" target="_blank">＜イベントレポート＞論-RON- × Social Cinema Vol.1＠代官山シアターサイバード</a></span></p>
<p>　ひとつには、その手の映画は、映画内で定義された問題に、決して答えを持っていないにも関わらず、観ているこちらとしては、何かしらの完結（答え）を求めているからだ。<br />
　ハッピーエンド、バッドエンドという言葉があるくらい、私たちは、１本の映画をその時間内に完結させたがる。私たち人間が抱える問題は、複雑で、答えの出ないものばかりなのだから、120分そこらで、◯◯エンドなどというフィクション映画のようにはいかないのは当たり前だ。</p>
<p>　そして、もうひとつは、映画内で定義された問題に対して、誰かと論じる場がないからだと思う。共に社会で生きている人たちと、映画を通して自分が感じたこと、悲しかったこと、幸せに思ったこと、とにかく自分の心のざわつきを、何か声に出してみることをしていないからだと思う。</p>
<p>　そして、時間が経つにつれて、当時思っていた気持ちが薄らいでいき、その映画を観たことがなかったことになっていく。大概は、そういう結末だ。</p>
<p>　本ベントでは、完結（答え）のない映画を多くの人たちと観て、論じる場があった。</p>
<p>　だから、心のざわつきを少し希望に変えることが出来た。「ああ、ドキュメンタリー映画は、こういう風に観るものなんだ」と、腹落ちした。個人的には良い経験だったと思う。</p>
<h2>「ヴィック・ムニーズ／ごみアートの奇跡」について</h2>
<p>　最後に、上映された「ヴィック・ムニーズ／ごみアートの奇跡」に触れておきたい。<br />
　本映画は、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート作品であり 、2010年国際ドキュメンタリー協会IDA最優秀賞、他30以上の賞を受賞した名作。「芸術で世界を変える! ! 」ブラジル生まれのアーティスト ヴィック・ムニーズの決心が、世界最大のごみ処理場で働く人々の人生を輝かせていく感動のドキュメンタリーである。</p>
<p>　私も会場で映画を観たが、何度も泣きそうになった。映画では、リオデジャネイロ郊外にある世界最大級のゴミ処分場「ジャウジン・グラマーショ」での2年間の活動が記録されている。</p>
<p>　日本では、ゴミ分別が当たり前になっているが（一部、マナーの悪い人たちには守られていないが）、ブラジルでは、企業や家庭のゴミが一即多にゴミ処理場に集められる。映像からも異臭が伝わってきそうなとても劣悪な環境のように見えた。</p>
<p>　そのゴミ捨て場には、幼い子供から老人まで、老若男女の「回収人」がいて、リサイクル資源を入れる大きな袋を片手にひろい集めてまわる。集めた資源は業者が集めに来て、それで報酬をもらっている。</p>
<p>　お金はそこまで悪くはない、働いている人たちは、口々に「回収人」であることを誇らしいと言う。半分本当で、半分はどこか嘘だ。彼らは、明らかに社会から取り残されている。</p>
<p>　　アートの力で、この劣悪な環境をどうにかしたいと考えたのが、アーティストのヴィック・ムニーズだ。彼はロンドンに拠点を置く芸術家で、ブラジルに生まれ、貧しい家庭環境で育った。</p>
<p>　彼は現地の足を運び、そこで働く人々を取材し、アートのモデルとなる「回収人」たちを集めた。集められた「回収人」たちはアート製作に携わり、その中で彼らの意識がどんどん変わっていく。彼らの表情がみるみるうちに変わっていくのが見て取れた。</p>
<p>　彼は、製作した作品を世界的に有名なオークションで販売、そのお金を回収人達が所属する協会に全額寄付する。</p>
<p>　映画の後半では、一連のゴミ処理場で働く彼らの環境を変えることが出来ないにも関わらず、彼らの意識だけを変えていくことが良いことなのかの是非を問う。とてもむずかしい問題である。</p>
<p>　ただ、映画を観た私が、最後にひとつだけ言えることは、彼らの意識を変えたことで、彼らの行動や、生き方が変わったということだ。<br />
ぜひ、気になった方は映画を観に足を運んで欲しい。詳細は<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://gomiart.net/" target="_blank">コチラ</a></span></p>
<p>▼予告編<br />
<iframe width="300" height="168" src="//www.youtube.com/embed/-iKZa2QE4oE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>ドキュメンタリー映画……、これからは観る機会を少しだけ増やそうと思う。観終わった後の心のざわつきを覚悟の上で。</p>
<p>▼この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます。<br />
・<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?p=18359" target="_blank">＜イベントレポート＞論-RON- × Social Cinema Vol.1＠代官山シアターサイバード</a></span><br />
・<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?p=18314" target="_blank">「 論-RON- × Social Cinema 」いよいよ明日開催</a></span></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>アメリカOUTSIDE誌のランキングから思い浮かべる、日本の都市名は？</title>
		<link>https://surf.bluer.co/?p=18296</link>
		<comments>https://surf.bluer.co/?p=18296#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 27 Aug 2013 05:04:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/bluer/?p=18296</guid>
		<description><![CDATA[　よくある「◯◯にベストな街」ですが、アメリカのOUTSIDE誌視点で選んだランキングOUTSIDE&#8217;S BEST TOWN 2013が発表されました。OUTSIDE誌は「勇敢に生きよう！」をテーマに、アウトドアライフやその実践者にフォーカスするアメリカの雑誌。創刊は１９７７年と、３５年以上の歴史を持つ老舗雑誌です。 　同誌によるランキングは「アメリカ国内でもっともヘルシーでいられる場所」を核に、トレイルがあったり、アドベンチャーできる場所があったり、ファーマーズマーケットがあったり、という視点のもとに制作されています。そして１位になったのが、ユタ州のパークシティ。人口８千人に満たない小都市です。2002年の冬季五輪が開催地で、サンダンス映画祭の会場でもあります。以降、ホノルル、サンディエゴ、スポケーン（ワシントン州）などなど、アウトドアで、スポーティで、ヘルシーな街の名前が続きます。 　たしか数年前、持続可能な日本の都市ランキングで愛知県田原市がトップになっていました。しかしこの時はインフラや財政や生活環境を軸としていて、スポーツ環境や文化的要素に比重は置かれていなかったように記憶しています。OUTSIDE的な視点でつくった時にはどのような国内の都市名がランキングに連なるのか。良質な雪が海外にフリークさえ生み出したニセコ町、行政をあげてサーフィンを応援する宮崎市、海外からのアウトドア愛好家が多く移住している群馬県みなかみ町などが思い浮かび、とても興味深いところです。 OUTSIDE&#8217;S BEST TOWN 2013 　１位：ユタ州パークシティ 　２位：サウスカロライナ州グリーンビル 　３位：ハワイ州ホノルル 　４位：モンタナ州ボーズマン 　５位：ワシントン州スポケーン 　６位：コロラド州カーボンデール 　７位：カリフォルニア州サンディエゴ 　８位：マサチューセッツ州ボストン 　９位：バーモント州ウェイツフィールド １０位：オクラホマ州オクラホマシティ]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=18297" rel="attachment wp-att-18297"><img class="alignnone size-full wp-image-18297" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/08/outside.jpg" alt="" width="648" height="364" /></a><br />
　よくある「◯◯にベストな街」ですが、アメリカのOUTSIDE誌視点で選んだランキング<span style="text-decoration: underline"><a href="http://www.outsideonline.com/adventure-travel/north-america/united-states/Outsides-Best-Towns-2013.html" target="_blank">OUTSIDE&#8217;S BEST TOWN 2013</a></span>が発表されました。OUTSIDE誌は「勇敢に生きよう！」をテーマに、アウトドアライフやその実践者にフォーカスするアメリカの雑誌。創刊は１９７７年と、３５年以上の歴史を持つ老舗雑誌です。</p>
<p>　同誌によるランキングは「アメリカ国内でもっともヘルシーでいられる場所」を核に、トレイルがあったり、アドベンチャーできる場所があったり、ファーマーズマーケットがあったり、という視点のもとに制作されています。そして１位になったのが、ユタ州のパークシティ。人口８千人に満たない小都市です。2002年の冬季五輪が開催地で、サンダンス映画祭の会場でもあります。以降、ホノルル、サンディエゴ、スポケーン（ワシントン州）などなど、アウトドアで、スポーティで、ヘルシーな街の名前が続きます。</p>
<p>　たしか数年前、持続可能な日本の都市ランキングで愛知県田原市がトップになっていました。しかしこの時はインフラや財政や生活環境を軸としていて、スポーツ環境や文化的要素に比重は置かれていなかったように記憶しています。OUTSIDE的な視点でつくった時にはどのような国内の都市名がランキングに連なるのか。良質な雪が海外にフリークさえ生み出したニセコ町、行政をあげてサーフィンを応援する宮崎市、海外からのアウトドア愛好家が多く移住している群馬県みなかみ町などが思い浮かび、とても興味深いところです。</p>
<p>OUTSIDE&#8217;S BEST TOWN 2013<br />
　１位：ユタ州パークシティ<br />
　２位：サウスカロライナ州グリーンビル<br />
　３位：ハワイ州ホノルル<br />
　４位：モンタナ州ボーズマン<br />
　５位：ワシントン州スポケーン<br />
　６位：コロラド州カーボンデール<br />
　７位：カリフォルニア州サンディエゴ<br />
　８位：マサチューセッツ州ボストン<br />
　９位：バーモント州ウェイツフィールド<br />
１０位：オクラホマ州オクラホマシティ</p>
]]></content:encoded>
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		<title>一生に一度行くか行かないか、という場所への旅模様</title>
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		<pubDate>Tue, 23 Jul 2013 01:12:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/bluer/?p=16019</guid>
		<description><![CDATA[　ロシアのカムチャッカへ旅をした模様がビジュアルブック付きDVDになったと、クリス・バーカードからメールが届いた。最近、キューバやニカラグア、アラスカなど、あえてへき地へみずから飛び込んでいるクリスは、中央カリフォルニアのサン・ルイス・オビスポで生まれ育ち、今もそこをホームに波を求め、被写体を求め、地球上を飛び回っている。 　サーフィンフォトグラファーを職業にした理由を、「カメラ一台で世界を旅することができる」とするフォトグラファーは多い。ロサンゼルスとサンフランシスコのちょうど中間に位置し、両都市からドライブで4〜5時間ほどかかるサン・ルイス・オビスポに生まれたクリスにとっても、まさしくカメラが世界と接触する方法だった。 　ビーチ近くに生まれ、産湯のように海につかり、食事をするように波に乗っていたクリスはごく自然とサーフ雑誌を手にし、誌面を彩る写真群に魅入ることになる。そして近所のカルチャーセンターで開かれていたカメラ講座に通い、普段の日常を撮影した写真を雑誌に送ったことでキャリアが大きく開かれた。今やアメリカを代表する、いわば世界を代表とするサーフフォトグラファーとなり、毎月のようにあらゆるメディアで作品を発表している。 　このロシアのトリップも、その作品のひとつ。キース・マロイ、デーン・グダスカスらカリフォルニアのサーファーが登場し、映像作家のサイラス・サットンもクルーに名を連ねた。現在のところビジュアルブック付きDVDはメールでのオーダーが可能のようで、価格は30ドルになっている。ちなみに以下は準備編の映像と、サーファー誌のサイトに公開された旅の模様（映像付き！）。おそらく一生縁がないという人が多いだろうカムチャッカの空気があふれだす。 ★準備編 ★サーファー誌での特集 http://www.surfermag.com/photos/kamchatka-russias-forbidden-peninsula/#9f6242978c ★サーファー誌での特集内の映像 ★購入用メールアドレス（英語での対応） prints@burkardphoto.com ★クリス・バーカードのブログ http://chrisburkard.tumblr.com/#6]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img class="aligncenter size-full wp-image-16020" title="russia01" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/russia01.jpg" alt="" width="1000" height="665" /></p>
<p>　ロシアのカムチャッカへ旅をした模様がビジュアルブック付きDVDになったと、クリス・バーカードからメールが届いた。最近、キューバやニカラグア、アラスカなど、あえてへき地へみずから飛び込んでいるクリスは、中央カリフォルニアのサン・ルイス・オビスポで生まれ育ち、今もそこをホームに波を求め、被写体を求め、地球上を飛び回っている。</p>
<p>　サーフィンフォトグラファーを職業にした理由を、「カメラ一台で世界を旅することができる」とするフォトグラファーは多い。ロサンゼルスとサンフランシスコのちょうど中間に位置し、両都市からドライブで4〜5時間ほどかかるサン・ルイス・オビスポに生まれたクリスにとっても、まさしくカメラが世界と接触する方法だった。</p>
<p>　ビーチ近くに生まれ、産湯のように海につかり、食事をするように波に乗っていたクリスはごく自然とサーフ雑誌を手にし、誌面を彩る写真群に魅入ることになる。そして近所のカルチャーセンターで開かれていたカメラ講座に通い、普段の日常を撮影した写真を雑誌に送ったことでキャリアが大きく開かれた。今やアメリカを代表する、いわば世界を代表とするサーフフォトグラファーとなり、毎月のようにあらゆるメディアで作品を発表している。</p>
<p>　このロシアのトリップも、その作品のひとつ。キース・マロイ、デーン・グダスカスらカリフォルニアのサーファーが登場し、映像作家のサイラス・サットンもクルーに名を連ねた。現在のところビジュアルブック付きDVDはメールでのオーダーが可能のようで、価格は30ドルになっている。ちなみに以下は準備編の映像と、サーファー誌のサイトに公開された旅の模様（映像付き！）。おそらく一生縁がないという人が多いだろうカムチャッカの空気があふれだす。</p>
<p>★準備編<br />
<iframe src="//www.youtube.com/embed/WOPTpwiEjcY" frameborder="0" width="300" height="169"></iframe></p>
<p>★サーファー誌での特集<br />
<a href="http://www.surfermag.com/photos/kamchatka-russias-forbidden-peninsula/#9f6242978c" target="_blank"> http://www.surfermag.com/photos/kamchatka-russias-forbidden-peninsula/#9f6242978c</a></p>
<p>★サーファー誌での特集内の映像<br />
<iframe width="300" height="169" src="//www.youtube.com/embed/JdFhYIcqWSI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>★購入用メールアドレス（英語での対応）<br />
prints@burkardphoto.com</p>
<p>★クリス・バーカードのブログ<br />
<a href="http://chrisburkard.tumblr.com/#6" target="_blank"> http://chrisburkard.tumblr.com/#6</a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>伝説のボディサーファー、マーク・カニングハム インタビュー（後編）</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Jul 2013 14:47:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/bluer/?p=15990</guid>
		<description><![CDATA[　公務員としてオアフ島でライフガードを勤めてきたマーク・カニングハムは、アメリカのオバマ大統領が卒業したプナホウスクールからカリフォルニア州立大学サンタバーバラ（UCSB）校へ進学した。たどったルートは明らかなエリートコース。それでも選択したのは海と密接に過ごす生活だった。 ※プナホウスクール／1841年に設立され、現在では幼稚園から高校3年生までおよそ3700人が通う。生徒の9割がアメリカ本土の大学へ進学する進学校で、通学するのは豊かな家庭の子息が多い。スポーツにも力を入れていることで知られる。 &#8211; プナホウからUCSBへ。それでもライフガードを職に選ばれましたね。 「ハワイには長くすばらしいライフガードの歴史があり、私はとても尊敬し、憧れてしまいました。非常に多くの人が誰かのためになる仕事に憧れるように、私にとっての憧れはライフガードだったのです。プナホウ時代に水球選手として活躍したことをきっかけに、推薦によってUCSBへ進学しました。大学へ進学する人の多くはビジネスマン、銀行員、政治家、医者、弁護士、歯医者、そして大統領（笑）などを将来の道として選びます。しかしプナホウ時代、学校にはフレッド・バン・ダイクとピーター・コールという2人の有名なビッグウェーバーが講師として在籍していました。さらに海へ行けばジェリー・ロペスがサーフィンしていました。若い頃の私はたくさんのサーフヒーローを身近で見ることができたのです。ライフガードの道を選ぶことはとても自然で、簡単な決定でした。」 &#8211; 幼い頃はどのような職業に憧れましたか？ 「多くのアメリカの子供たちは消防士に憧れます。大きな消防車で、人々を助け、一心不乱に職務をまっとうする姿に興奮を覚えるのです。私はそれほど強く消防士への憧れを抱いてはいませんでしたが、同時にビジネスマンに憧れたこともありません。プナホウの同級生も全員がビジネスの世界へ入ったわけではなく様々な仕事に就いています。自分の道を見つけることができれば、その道を進めばいいのだと私は思います。」 &#8211; 生まれは東海岸とうかがいました。 「出身は東部のマサチューセッツです。後に両親がハワイへ移り住んだことから、この島で育ちました。父親は国連に関連した政府の仕事をしています。空港や街の建設を担う仕事です。そして2人の姉がいて、彼女たちと一緒にサンディビーチのあるオアフ島東部で育ちました。サーフィンを始めたのは9歳の頃。子供向けの初心者用のサーフボードキットを買ってもらったのがきっかけでした。プナホウへ進んだ理由は、両親が勉強をとても大切に考えている人だったことが理由です。マサチューセッツは同州にハーバード大学、マサチューセッツ工科大学があるように教育への意識が高い地域で、そこで多くを過ごした両親には教育は重要と考えたのでしょう。ですが、ここハワイには一日中遊べる場所があり、朝から晩まで机に向って読書するのは苦手な子供として育ってしまいました（笑）。」 &#8211; 水球はかなりの実力を持っていたようですね。 「推薦でUCSBへ進学した後、2シーズンはトップのメンバーとして活躍しました。しかしホームシックになってしまったんです。19歳の時に父親を亡くし、ホームへ帰りたくなったのです。水球はアメリカ本土では変わったスポーツという認識だと思います。当時であれば、経済的に豊かな一部の人たちが楽しんでいた印象だったかもしれません。アメリカではフットボール、ベースボール、バスケットが3大スポーツ。当時のハワイで水球チームを持っていた学校は3つだけ。プナホウ、カメハメハ、イオラニの私立学校です。現在はたくさんの公立学校で水球は楽しまれていますが、自然が豊かなハワイではオープンウォーターで泳ぐこと自体が楽しいですし、長い時間を水のなかで過ごすうえでは気候そのものが適しているのです。」 &#8211; プールと海とでは泳ぎ方は異なりますか？ 「違いは大きいですね。プールは海のための学校です。ABCを学ぶように基礎をプールで学ぶのです。そもそもプールは波がないですからね。足の使い方、体の動き、息継ぎのタイミングなど技術的なことを学ぶためには集中しておこなえる環境にあるのです。この時に学んだことが、ボディサーフィンに役立っていることは間違いありません。」 &#8211; ライフガードの仕事を始めたのはいつですか？ 「1975年、UCSB在学中の時です。ライフセイビングコースを専攻し、大学のプールで練習を開始して基礎を学び、サンタバーバラでライフガードの仕事をしたのが最初です。後に仕事場となったハワイ・オアフ島のノースショアはより美しく、リラックスできる場所です。すばらしいコミュニティーもあり、そこで仕事をしたいとずっと思っていたのです。」 &#8211; そのノースショアで開発に対する活動をしていますね。 「『Keep the Country COUNTRY！』という活動をしています。今ノースショアでは、第2のワイキキを生み出そうとしているのかと思えるスケールで開発計画が進んでいるのです。その計画とはグローバルに活動する投資会社が中心となり、700エーカーもの土地を開発するというもの。第一歩として5つのホテルと3,500以上のコンドミニアム建設が計画されています。しかしタウン＆カントリーは島の魅力だというのが私たちの考えです。開発が進めば自然環境は大きく変わってしまうでしょう。サーファー以外にも多くの人を魅了し、私自身も長く見守ってきたパイプラインの波質が変わってしまうかもしれない。沿岸の開発と環境の変化は同じ土俵にありますからね。そこでノースショアはノースショアのままで良いと活動を始めました。英語表記ではありますがサイトもありますので、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思っています。」 　今、ダイヤモンドヘッドを見下ろす（＝最上の写真）邸宅でリタイア後の日々を過ごすマークさん。波があればできる限りサーフして、この島に宿る大いなる自然と一緒に自然体で過ごしている。その自然はとても魅力的だから、島の外に住む人にも触れたいと思わせる。来訪者は年間でおよそ700万人。震災前年に東京を訪れた外国人旅行者594万（東京都調べ）を大きく上回る人が小さな小さなオアフ島へ足を運ぶ。投資会社の側に立てば、さらなる需要を満たそうと開発を計画するのは自然の流れなのかもしれない。しかし来島者が望む美しい自然が壊されると『Keep the Country COUNTRY！』は主張する。公式サイトはこちらへ。写真のトートバックやTシャツはサイトで購入可能。活動費用に充てられる。 ▼前編はコチラ ・マーク・カニングハム インタビュー（前編） ＜プロフィール＞ マーク・カニングハム。67歳。ハワイ・オアフ島、ノースショアにあるサーフスポットのエフカイビーチパークを勤務地に、29年間のライフガード生活を送ってきた。エフカイビーチの真横には、世界中のサーファーに知られるエキスパートオンリーのサーフスポット、パイプラインがある。シーズンとなる冬には電信柱ほどに大きな波がブレイクパイプラインには、その波を味わおうと腕利きのサーファーが世界中から集結。激しく混雑する模様を毎日眺めつつ、マークたちは死線の番人として多くのサーファーを救ってきた。一方、世界屈指のボディサーファーでもあり、近年ではボディサーフィンに焦点をあてた映像作品『カムヘル・オア・ハイウォーター』で中心的な役割を演じた。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　公務員としてオアフ島でライフガードを勤めてきたマーク・カニングハムは、アメリカのオバマ大統領が卒業したプナホウスクールからカリフォルニア州立大学サンタバーバラ（UCSB）校へ進学した。たどったルートは明らかなエリートコース。それでも選択したのは海と密接に過ごす生活だった。</p>
<p><span style="font-size: small;">※プナホウスクール／1841年に設立され、現在では幼稚園から高校3年生までおよそ3700人が通う。生徒の9割がアメリカ本土の大学へ進学する進学校で、通学するのは豊かな家庭の子息が多い。スポーツにも力を入れていることで知られる。</span><br />
<a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=15991" rel="attachment wp-att-15991"><img class="alignnone size-full wp-image-15991" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/MC01.jpg" alt="" width="608" height="609" /></a><br />
<span style="color: #0000ff;">&#8211; プナホウからUCSBへ。それでもライフガードを職に選ばれましたね。</span><br />
「ハワイには長くすばらしいライフガードの歴史があり、私はとても尊敬し、憧れてしまいました。非常に多くの人が誰かのためになる仕事に憧れるように、私にとっての憧れはライフガードだったのです。プナホウ時代に水球選手として活躍したことをきっかけに、推薦によってUCSBへ進学しました。大学へ進学する人の多くはビジネスマン、銀行員、政治家、医者、弁護士、歯医者、そして大統領（笑）などを将来の道として選びます。しかしプナホウ時代、学校にはフレッド・バン・ダイクとピーター・コールという2人の有名なビッグウェーバーが講師として在籍していました。さらに海へ行けばジェリー・ロペスがサーフィンしていました。若い頃の私はたくさんのサーフヒーローを身近で見ることができたのです。ライフガードの道を選ぶことはとても自然で、簡単な決定でした。」</p>
<p><span style="color: #0000ff;">&#8211; 幼い頃はどのような職業に憧れましたか？</span><br />
「多くのアメリカの子供たちは消防士に憧れます。大きな消防車で、人々を助け、一心不乱に職務をまっとうする姿に興奮を覚えるのです。私はそれほど強く消防士への憧れを抱いてはいませんでしたが、同時にビジネスマンに憧れたこともありません。プナホウの同級生も全員がビジネスの世界へ入ったわけではなく様々な仕事に就いています。自分の道を見つけることができれば、その道を進めばいいのだと私は思います。」</p>
<p><span style="color: #0000ff;">&#8211; 生まれは東海岸とうかがいました。</span><br />
「出身は東部のマサチューセッツです。後に両親がハワイへ移り住んだことから、この島で育ちました。父親は国連に関連した政府の仕事をしています。空港や街の建設を担う仕事です。そして2人の姉がいて、彼女たちと一緒にサンディビーチのあるオアフ島東部で育ちました。サーフィンを始めたのは9歳の頃。子供向けの初心者用のサーフボードキットを買ってもらったのがきっかけでした。プナホウへ進んだ理由は、両親が勉強をとても大切に考えている人だったことが理由です。マサチューセッツは同州にハーバード大学、マサチューセッツ工科大学があるように教育への意識が高い地域で、そこで多くを過ごした両親には教育は重要と考えたのでしょう。ですが、ここハワイには一日中遊べる場所があり、朝から晩まで机に向って読書するのは苦手な子供として育ってしまいました（笑）。」</p>
<p><span style="color: #0000ff;">&#8211; 水球はかなりの実力を持っていたようですね。</span><br />
「推薦でUCSBへ進学した後、2シーズンはトップのメンバーとして活躍しました。しかしホームシックになってしまったんです。19歳の時に父親を亡くし、ホームへ帰りたくなったのです。水球はアメリカ本土では変わったスポーツという認識だと思います。当時であれば、経済的に豊かな一部の人たちが楽しんでいた印象だったかもしれません。アメリカではフットボール、ベースボール、バスケットが3大スポーツ。当時のハワイで水球チームを持っていた学校は3つだけ。プナホウ、カメハメハ、イオラニの私立学校です。現在はたくさんの公立学校で水球は楽しまれていますが、自然が豊かなハワイではオープンウォーターで泳ぐこと自体が楽しいですし、長い時間を水のなかで過ごすうえでは気候そのものが適しているのです。」</p>
<p><span style="color: #0000ff;">&#8211; プールと海とでは泳ぎ方は異なりますか？</span><br />
「違いは大きいですね。プールは海のための学校です。ABCを学ぶように基礎をプールで学ぶのです。そもそもプールは波がないですからね。足の使い方、体の動き、息継ぎのタイミングなど技術的なことを学ぶためには集中しておこなえる環境にあるのです。この時に学んだことが、ボディサーフィンに役立っていることは間違いありません。」</p>
<p><span style="color: #0000ff;">&#8211; ライフガードの仕事を始めたのはいつですか？</span><br />
「1975年、UCSB在学中の時です。ライフセイビングコースを専攻し、大学のプールで練習を開始して基礎を学び、サンタバーバラでライフガードの仕事をしたのが最初です。後に仕事場となったハワイ・オアフ島のノースショアはより美しく、リラックスできる場所です。すばらしいコミュニティーもあり、そこで仕事をしたいとずっと思っていたのです。」<br />
<a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=15992" rel="attachment wp-att-15992"><img class="alignnone size-full wp-image-15992" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/MC02.jpg" alt="" width="611" height="610" /></a></p>
<p><span style="color: #0000ff;">&#8211; そのノースショアで開発に対する活動をしていますね。</span><br />
「『Keep the Country COUNTRY！』という活動をしています。今ノースショアでは、第2のワイキキを生み出そうとしているのかと思えるスケールで開発計画が進んでいるのです。その計画とはグローバルに活動する投資会社が中心となり、700エーカーもの土地を開発するというもの。第一歩として5つのホテルと3,500以上のコンドミニアム建設が計画されています。しかしタウン＆カントリーは島の魅力だというのが私たちの考えです。開発が進めば自然環境は大きく変わってしまうでしょう。サーファー以外にも多くの人を魅了し、私自身も長く見守ってきたパイプラインの波質が変わってしまうかもしれない。沿岸の開発と環境の変化は同じ土俵にありますからね。そこでノースショアはノースショアのままで良いと活動を始めました。英語表記ではありますがサイトもありますので、ぜひ多くの人に見てもらいたいと思っています。」<br />
<a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=15993" rel="attachment wp-att-15993"><img class="alignnone size-full wp-image-15993" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/MC03.jpg" alt="" width="793" height="449" /></a><br />
<a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=15994" rel="attachment wp-att-15994"><img class="alignnone size-full wp-image-15994" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/MC04.jpg" alt="" width="960" height="720" /></a></p>
<p>　今、ダイヤモンドヘッドを見下ろす（＝最上の写真）邸宅でリタイア後の日々を過ごすマークさん。波があればできる限りサーフして、この島に宿る大いなる自然と一緒に自然体で過ごしている。その自然はとても魅力的だから、島の外に住む人にも触れたいと思わせる。来訪者は年間でおよそ700万人。震災前年に東京を訪れた外国人旅行者594万（東京都調べ）を大きく上回る人が小さな小さなオアフ島へ足を運ぶ。投資会社の側に立てば、さらなる需要を満たそうと開発を計画するのは自然の流れなのかもしれない。しかし来島者が望む美しい自然が壊されると『Keep the Country COUNTRY！』は主張する。公式サイトは<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.defendoahucoalition.org" target="_blank">こちら</a></span>へ。写真のトートバックやTシャツはサイトで購入可能。活動費用に充てられる。</p>
<p>▼前編はコチラ<br />
・<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?p=14062" target="_blank">マーク・カニングハム インタビュー（前編）</a></span></p>
<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=15995" rel="attachment wp-att-15995"><img class="alignnone size-full wp-image-15995" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/MC05.jpg" alt="" width="605" height="606" /></a></p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>＜プロフィール＞</strong></span><br />
<strong></strong>マーク・カニングハム。67歳。ハワイ・オアフ島、ノースショアにあるサーフスポットのエフカイビーチパークを勤務地に、29年間のライフガード生活を送ってきた。エフカイビーチの真横には、世界中のサーファーに知られるエキスパートオンリーのサーフスポット、パイプラインがある。シーズンとなる冬には電信柱ほどに大きな波がブレイクパイプラインには、その波を味わおうと腕利きのサーファーが世界中から集結。激しく混雑する模様を毎日眺めつつ、マークたちは死線の番人として多くのサーファーを救ってきた。一方、世界屈指のボディサーファーでもあり、近年ではボディサーフィンに焦点をあてた映像作品『カムヘル・オア・ハイウォーター』で中心的な役割を演じた。</p>
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		<title>エシカルってこういうコト、という２つの事例</title>
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		<pubDate>Wed, 03 Jul 2013 03:49:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[　“エシカル”という言葉、なんとなく聞いたことがあっても、その意味合いを聞かれると「う〜ん、なんだっけ」という人、案外少なくないのでは？　で、そのエシカルという言葉、意味としては「倫理的」であるということ。それはつまり、以下のふたつの例のようなコトなのだろう。 パタゴニアが始めた“エシカル”なキャンペーン 　パタゴニアが始めた“エシカル”なキャンペーンは、再来週の７月２１日に迫った参議院議員選挙に向けてスタートしたもの。「環境に投票を」というコピーを掲げ、お気に入りの自然の場所や動物、アウトドアアクティビティに対する思いをツイートしてもらう内容だ。 　次から次へとツイートされる内容には、海が好き、山が好き、地球が好き、おいしいゴハンが好き、などなど、とても私的で、いろんな角度から環境を思うメッセージが込められている。パタゴニアに聞くと、特に選挙への立候補者が環境に対してどのような政策を考えているか、それ自体を一覧にしたり問うことはしないという。しかし、投票に際して「環境」がひとつの基準になってくれれば、という思いが今回のキャンペーン実行の背景にはあったとする。これまで環境への配慮を、洋服を作ることで広く訴えてきた同社ならではの“倫理”が生み出したアイデアなのだ。 トヨタが展開するアクア・ソーシャル・フェス2013 　もうひとつは、トヨタが展開するアクア・ソーシャル・フェス2013。全国の水辺環境を舞台にするアクションプログラムで、ビーチクリーンをしたり、干潟に生息する生き物を探索したりと、日本にある自然の再発見につながるキャンペーン内容となっている。キャンペーンの主はアクアというハイブリッド車。クルマと環境は切り離せない間柄なものの、ハイブリッド車の開発や今回のようなキャンペーンを通して、環境への負荷軽減へのアプローチを見せる。これもトヨタの“倫理”を示したものといえる。 　先日インタビューした新書『中身化する社会』（星海社）の著者・菅付雅信さんによれば、近年行き来しているアジアと欧米でふたつのライフスタイルを見たという。ひとつは、急成長を遂げるアジアで見た激しく経済的に豊かなライフスタイル。もうひとつは、経済成長を遂げた欧米で見た、物質だけを拠り所としない肩の力が抜けたライフスタイル。それでは経済成長を遂げた日本の行く末とは…… 　改めての経済成長を狙いに行くのもいいけれど、お金の虜になった後に色々と省みて、エシカルに生き始めた欧米の人たちの知性にも視線は向けておきたいもの。パタゴニアやトヨタの試みは、これからの日本における新しい生活観を表現したキャンペーンなのだといえそうだ。 パタゴニア「環境に投票を」キャンペーン　http://www.vte2013.jp/ アクア・ソーシャル・フェス2013　http://aquafes.jp/top/ written by 小山内 隆]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　“エシカル”という言葉、なんとなく聞いたことがあっても、その意味合いを聞かれると「う〜ん、なんだっけ」という人、案外少なくないのでは？　で、そのエシカルという言葉、意味としては「倫理的」であるということ。それはつまり、以下のふたつの例のようなコトなのだろう。</p>
<p style="background-color: #dbdbcd;"><strong>パタゴニアが始めた“エシカル”なキャンペーン</strong></p>
<p>　パタゴニアが始めた“エシカル”なキャンペーンは、再来週の７月２１日に迫った参議院議員選挙に向けてスタートしたもの。「環境に投票を」というコピーを掲げ、お気に入りの自然の場所や動物、アウトドアアクティビティに対する思いをツイートしてもらう内容だ。<br />
<img class="aligncenter size-full wp-image-15333" title="p01" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/07/p01.jpg" alt="" width="751" height="999" /></p>
<p>　次から次へとツイートされる内容には、海が好き、山が好き、地球が好き、おいしいゴハンが好き、などなど、とても私的で、いろんな角度から環境を思うメッセージが込められている。パタゴニアに聞くと、特に選挙への立候補者が環境に対してどのような政策を考えているか、それ自体を一覧にしたり問うことはしないという。しかし、投票に際して「環境」がひとつの基準になってくれれば、という思いが今回のキャンペーン実行の背景にはあったとする。これまで環境への配慮を、洋服を作ることで広く訴えてきた同社ならではの“倫理”が生み出したアイデアなのだ。</p>
<p style="background-color: #dbdbcd;"><strong>トヨタが展開するアクア・ソーシャル・フェス2013</strong></p>
<p>　もうひとつは、トヨタが展開するアクア・ソーシャル・フェス2013。全国の水辺環境を舞台にするアクションプログラムで、ビーチクリーンをしたり、干潟に生息する生き物を探索したりと、日本にある自然の再発見につながるキャンペーン内容となっている。キャンペーンの主はアクアというハイブリッド車。クルマと環境は切り離せない間柄なものの、ハイブリッド車の開発や今回のようなキャンペーンを通して、環境への負荷軽減へのアプローチを見せる。これもトヨタの“倫理”を示したものといえる。</p>
<p>　先日インタビューした新書『中身化する社会』（星海社）の著者・菅付雅信さんによれば、近年行き来しているアジアと欧米でふたつのライフスタイルを見たという。ひとつは、急成長を遂げるアジアで見た激しく経済的に豊かなライフスタイル。もうひとつは、経済成長を遂げた欧米で見た、物質だけを拠り所としない肩の力が抜けたライフスタイル。それでは経済成長を遂げた日本の行く末とは……</p>
<p>　改めての経済成長を狙いに行くのもいいけれど、お金の虜になった後に色々と省みて、エシカルに生き始めた欧米の人たちの知性にも視線は向けておきたいもの。パタゴニアやトヨタの試みは、これからの日本における新しい生活観を表現したキャンペーンなのだといえそうだ。</p>
<p>パタゴニア「環境に投票を」キャンペーン　<a href="http://www.vte2013.jp/" target="_blank">http://www.vte2013.jp/</a><br />
アクア・ソーシャル・フェス2013　<a href="http://aquafes.jp/top/" target="_blank">http://aquafes.jp/top/</a></p>
<p>written by 小山内 隆</p>
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		<title>サン・セバスチャンに見る、快適な暮らしのヒント</title>
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		<pubDate>Mon, 24 Jun 2013 13:59:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[Pickup]]></category>

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		<description><![CDATA[　今の僕が知る限り、世界でもっとも美しいビーチシティはスペイン北東部にある。街の名前はサン・セバスチャン。フランスの国境近くにあるこの小都市に、ここだから味わえる文化資源を求めて世界中の人びとが訪れる。文化資源のひとつは、もちろんビーチ。大西洋に面したズリオラビーチはスペインサーフィンのキャピタルで、夏には海水浴場となり欧州各国から多くの人で賑わいを見せる。 　海から上がれば美食が待っている。「新しい食」と訳される食のムーブメント、ヌエバ・コッシーナはこの地が発信地。もともと美味しい食材が豊富な場所から新しい調理法が生まれたことで、世界各国から食通が足を運んでいる。 　さらに美食の街では、最先端の料理だけではなく、昔ながらのバスク料理も堪能できる。とくに小料理のピンチョスは街中にあるバルで食せる気軽な一品。バルごとに名物があって、その店の名物ピンチョスを食べながらハシゴをするのが、サン・セバスチャンの夜の楽しみとなっている。 　しかも夏のスペインは日の入りが遅く、１日４ラウンドはサーフできるほどの日の長さ。２０時頃に海から上がり、バルめぐりをすればあっという間に日付は翌日へ。楽しみは尽きず、体力が先に尽きてしまう場所なのだ。 　お楽しみはそれだけではない。サン・セバスチャンには１００年以上の歴史を持つサッカークラブがある。レアル・ソシエダがそれで、リーガ・エスパニョーラの１部に属するチームだ。つまりサン・セバスチャンはリオネル・メッシ率いるFCバルセロナやＣロナウドのいるレアル・マドリードが公式戦を戦いに訪れる土地であり、かつ、昨シーズンは４位となり今季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得したことから、今秋以降には欧州各国のトップチームもやってくることになった。 　文化資源はまだまだ続く。９月に行なわれる国際映画祭は今年で６１回という歴史を持ち、スペインや中南米の映画に加え、数多くのインターナショナル映画が上映される。音楽のビッグイベントも催される。７月には国際ジャズフェスティバルが開かれ、ビーチでは無料のライブが開催。また８月にはクラシック音楽の音楽祭が開かれ、コンサート、オペラ、バレーと充実のスケジュールが用意される。 　注目したいのは、いずれもが本物である、ということだ。 　ビーチ環境を含め、多様な文化を楽しむ土壌がサン・セバスチャンにはある。文化とは人が人らしく生活していくうえで必要な要素、そのレベルがいずれもグローバル基準に達しているのである。しかも、わずか人口１８万人という小さな都市に。そんな奇跡のような場所は、サン・セバスチャンをおいて他には知らない。 　では１８万の人が住む日本の都市はどこか。釧路、弘前、三鷹、豊川などは１８万人都市であり、立川や鎌倉は１７万人都市。たとえば鎌倉などは文化都市として名高いが、「鎌倉には映画館すらない」と以前に鎌倉や逗子で生まれ育った友人たちが言っていたことを思い出す。そうした現状へのアクションとして、彼らは逗子に小さな映画館をつくり、ゴールデンウィークには逗子海岸で映画祭を行なうまでにスケールを拡大したが、まだまだサン・セバスチャンの存在感にはほど遠いと言わざるを得ない。 　鎌倉でさえそのようなレベルなのだから、日本でスペインの小都市と肩を並べる都市を見つけるのは難しい。プロスポーツ球団を３つ有して海も山も近い仙台や、みずからサーフタウンを標榜する宮崎にはスポーツ文化都市、ビーチシティとしての大きなポテンシャルを確かに感じる。けれど、世界に名立たる文化都市へ昇華させるのは、他ならぬその土地に住む人たちの意志次第となる。サン・セバスチャンが世界一の美食の街と呼ばれるようになったのはここ１０年ほどの話で、美食を売りとする地域戦略が現在の名声を引き寄せたと言われているように。 　食に関して、彼らは自分が住む街を住みたいカタチに変えていったのである。では日本のビーチシティに住む人たちは、自分が住む街をどのようなカタチにしていきたいのだろうか。 　日本からサン・セバスチャンは物理的に遠い。スペインへの直行便がないことから、到着までに最低２回のトランジットを必要とする。もしくはスペインのビルバオやフランスのビアリッツという近隣都市に入り、陸路でアクセスすることになる。しかし、それでもサン・セバスチャンには訪れる価値がある。そこに住む人、そこを訪れる人の表情に触れれば、真に快適な暮らしとは何か、そのヒントが見えてくるためである。 潮風にあたりジャズを聞く。今年の夏の風物詩は７月２４日から開催。 公式サイト ピンチョス×ワインはバスク伝統の庶民の味。美味し！]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=14660" rel="attachment wp-att-14660"><img class="alignnone size-medium wp-image-14660" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/06/osanai_130624_01-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a></p>
<p>　今の僕が知る限り、世界でもっとも美しいビーチシティはスペイン北東部にある。街の名前はサン・セバスチャン。フランスの国境近くにあるこの小都市に、ここだから味わえる文化資源を求めて世界中の人びとが訪れる。文化資源のひとつは、もちろんビーチ。大西洋に面したズリオラビーチはスペインサーフィンのキャピタルで、夏には海水浴場となり欧州各国から多くの人で賑わいを見せる。</p>
<p>　海から上がれば美食が待っている。「新しい食」と訳される食のムーブメント、ヌエバ・コッシーナはこの地が発信地。もともと美味しい食材が豊富な場所から新しい調理法が生まれたことで、世界各国から食通が足を運んでいる。</p>
<p>　さらに美食の街では、最先端の料理だけではなく、昔ながらのバスク料理も堪能できる。とくに小料理のピンチョスは街中にあるバルで食せる気軽な一品。バルごとに名物があって、その店の名物ピンチョスを食べながらハシゴをするのが、サン・セバスチャンの夜の楽しみとなっている。</p>
<p>　しかも夏のスペインは日の入りが遅く、１日４ラウンドはサーフできるほどの日の長さ。２０時頃に海から上がり、バルめぐりをすればあっという間に日付は翌日へ。楽しみは尽きず、体力が先に尽きてしまう場所なのだ。</p>
<p>　お楽しみはそれだけではない。サン・セバスチャンには１００年以上の歴史を持つサッカークラブがある。レアル・ソシエダがそれで、リーガ・エスパニョーラの１部に属するチームだ。つまりサン・セバスチャンはリオネル・メッシ率いるFCバルセロナやＣロナウドのいるレアル・マドリードが公式戦を戦いに訪れる土地であり、かつ、昨シーズンは４位となり今季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得したことから、今秋以降には欧州各国のトップチームもやってくることになった。</p>
<p>　文化資源はまだまだ続く。９月に行なわれる国際映画祭は今年で６１回という歴史を持ち、スペインや中南米の映画に加え、数多くのインターナショナル映画が上映される。音楽のビッグイベントも催される。７月には国際ジャズフェスティバルが開かれ、ビーチでは無料のライブが開催。また８月にはクラシック音楽の音楽祭が開かれ、コンサート、オペラ、バレーと充実のスケジュールが用意される。</p>
<p>　注目したいのは、いずれもが本物である、ということだ。</p>
<p>　ビーチ環境を含め、多様な文化を楽しむ土壌がサン・セバスチャンにはある。文化とは人が人らしく生活していくうえで必要な要素、そのレベルがいずれもグローバル基準に達しているのである。しかも、わずか人口１８万人という小さな都市に。そんな奇跡のような場所は、サン・セバスチャンをおいて他には知らない。</p>
<p>　では１８万の人が住む日本の都市はどこか。釧路、弘前、三鷹、豊川などは１８万人都市であり、立川や鎌倉は１７万人都市。たとえば鎌倉などは文化都市として名高いが、「鎌倉には映画館すらない」と以前に鎌倉や逗子で生まれ育った友人たちが言っていたことを思い出す。そうした現状へのアクションとして、彼らは逗子に小さな映画館をつくり、ゴールデンウィークには逗子海岸で映画祭を行なうまでにスケールを拡大したが、まだまだサン・セバスチャンの存在感にはほど遠いと言わざるを得ない。</p>
<p>　鎌倉でさえそのようなレベルなのだから、日本でスペインの小都市と肩を並べる都市を見つけるのは難しい。プロスポーツ球団を３つ有して海も山も近い仙台や、みずからサーフタウンを標榜する宮崎にはスポーツ文化都市、ビーチシティとしての大きなポテンシャルを確かに感じる。けれど、世界に名立たる文化都市へ昇華させるのは、他ならぬその土地に住む人たちの意志次第となる。サン・セバスチャンが世界一の美食の街と呼ばれるようになったのはここ１０年ほどの話で、美食を売りとする地域戦略が現在の名声を引き寄せたと言われているように。</p>
<p>　食に関して、彼らは自分が住む街を住みたいカタチに変えていったのである。では日本のビーチシティに住む人たちは、自分が住む街をどのようなカタチにしていきたいのだろうか。</p>
<p>　日本からサン・セバスチャンは物理的に遠い。スペインへの直行便がないことから、到着までに最低２回のトランジットを必要とする。もしくはスペインのビルバオやフランスのビアリッツという近隣都市に入り、陸路でアクセスすることになる。しかし、それでもサン・セバスチャンには訪れる価値がある。そこに住む人、そこを訪れる人の表情に触れれば、真に快適な暮らしとは何か、そのヒントが見えてくるためである。</p>
<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=14661" rel="attachment wp-att-14661"><img class="alignnone size-medium wp-image-14661" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/06/osanai_130624_02-300x228.jpg" alt="" width="300" height="228" /></a></p>
<p>潮風にあたりジャズを聞く。今年の夏の風物詩は７月２４日から開催。 <a href="http://www.heinekenjazzaldia.com/es/" target="_blank">公式サイト</a></p>
<p><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?attachment_id=14662" rel="attachment wp-att-14662"><img class="alignnone size-medium wp-image-14662" src="http://www.namiaru.tv/bluer/wp-content/uploads/2013/06/osanai_130624_03-300x197.jpg" alt="" width="300" height="197" /></a></p>
<p>ピンチョス×ワインはバスク伝統の庶民の味。美味し！</p>
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		<title>マーク・カニングハム インタビュー（前編）</title>
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		<pubDate>Wed, 05 Jun 2013 10:22:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[ハワイにはライフガードという仕事がある。警察官や消防士と同様の公務という実情は、暮らしとビーチ環境が密接しているハワイらしい。四季のある日本のような季節労働者ではなく、年間を通したフルタイムの仕事なのである。 同職に就く人にはサーフィン界で高名な人がいる。ビッグウェイバーの象徴として英雄視されるエディ・アイカウ。女性初のライフガードとして知られるレラ・サン。そして屈指のボディサーファーとして名高いマーク・カニングハム。 今回は２００５年まで現役ライフガードとしてパイプラインを含めたノースショアを見守り続けたマークさんに、ライフガードという仕事の内容と魅力について語ってもらった。 ＜プロフィール＞　マーク・カニングハム。６７歳。ハワイ・オアフ島、ノースショアにあるサーフスポットのエフカイビーチパークを勤務地に、２９年間のライフガード生活を送ってきた。エフカイビーチの真横には、世界中のサーファーに知られるエキスパートオンリーのサーフスポット、パイプラインがある。シーズンとなる冬には電信柱ほどに大きな波がブレイクするパイプラインには、その波を味わおうと腕利きのサーファーが世界中から集結。激しく混雑する模様を毎日眺めつつ、マークさんたちは死線の番人として多くのサーファーを救ってきた。一方、世界屈指のボディサーファーでもあり、近年ではボディサーフィンに焦点をあてた映像作品『カムヘル・オア・ハイウォーター』で中心的な役割を演じた。※以下の映像の最初の方に声とあわせて登場する人物。 −−−−ハワイではライフガードが公務と聞きました。仕事の内容を教えて頂けますか？ 「ライフガードは合衆国政府が公認している地方公務員です。ビーチと海のなかが常に安全であるように監視しています。エリアによって異なりますが、基本的には午前９時から１７時までが勤務時間。年間３６５日を交代で勤めます。この体制はアメリカ合衆国内でも稀な状況です。カリフォルニア州では繁忙期の６月から８月、フロリダ州やニュージャージー州などの東海岸地域も夏場だけの季節業務。ロサンゼルスの一部では通年ライフガードを勤める人がいますが、ごく少人数です。しかしここハワイでは通年の仕事として認知されています。」 −−−−どれくらいの人が常勤しているのでしょう？ 「退職して１０年近く経過するため今日の正式な人数は把握できていませんが、おそらく２５０名前後のライフガードが働き、約２００名が常勤、残りの人が週に３日ほどの勤務体系にあると思います。」 −−−−ライフガードは、ハワイの人にとっては一般的な職業なのですか？ 「それほど一般的な仕事とは言えませんが、ただハワイ州の人々は警察官、消防士、救急隊と同じようにライフガードを認知していると思います。」 −−−−ライフガードの一般的な任務について教えてください。 「任務内容は勤務する海岸によって大きく異なります。例えば、ノースショアの夏場はスイミングプールのように波が全く上がりません。けれど冬場になると大きいサイズまで上がり、とても忙しくなります。伝統的には、地域にあるライフガードタワーを軸に、街の美化、子供、女性、緊急を要する人々の手助けを第一に活動します。大きなサイズの波の日には街中に警告をして、ビーチに警告の旗を上げ、アナウンスをし、海岸を歩いて、人々の身を守るために注意を呼びかけます。」 −−−−通年同じ場所に勤務するのですか？ 「人により異なります。通年同じ場所に勤務するメンバーもいれば、経験を積むために数日を同じ場所で勤務した後に移動を繰り返すメンバーもいます。勤務エリアですが、オワフ島の場合には４つの区域があります。ワイキキ、アラモアナの第１区域、ハナウマベイ、サンディービーチ、マカプー、カイルアの第２区域、サンセットビーチ、エフカイ、ワイメア、チャンズリーフのノースショアが第３地域、そして第４区域がウエストサイドのマカハ、ヨコハマ、マイリです。それぞれにキャプテンが在籍して、タワーと４台のジェットスキーが常備されています。カイルア地域は広いためにサンディービーチとカイルアビーチにそれぞれジェットスキーがあります。ノースショアにも２台のジェットスキーが準備されています。」 −−−−マークさんが勤めていた場所は？ 「ほとんどの任務はエフカイビーチ地域でした。１９７６年の冬に異動したんです。それから約２０年間勤め、後に９年ほどライフガード本部に勤務してトレーニング部門の顧問を担っていました。」 −−−−トレーニングとは具体的にどのようなことをするのですか？ 「ライフガードは、日々の業務と、アラモアナビーチパークでおこなわれる厳しいパフォーマンステストの通過を念頭にトレーニングをします。そのテストの内容は３つ。まず海岸を１キロ走り、同じ距離を泳いで戻ってきます。制限時間は２５分です。休憩を数分とった後におこなうのが４００メートルのレスキューボードパドル。大きなロングボードをパドルして沖へ向い、１００メートルほどのところに置かれている約１１フィートのボード４枚を１枚ずつビーチへ運びます。計４往復の制限時間は４分。３つめがラン・スイム・ランと呼ばれるもので、ライフガードに必要な活動内容をミックスしたものです。１００メートル走り、続けて１００メートル泳ぎ、そして１００メートル走る。これらを３分以内におこなうことが求められます。目的は全力疾走の状況下でも冷静に対処できる心身をつくることで、ハワイのライフガードが求められる最低限の事柄です。こうした内容を踏まえて、ライフガードたちは日々、砂浜でのランニング、サーフィン、ボディサーフィン、シュノーケリングと向き合っています。」 −−−−冬のノースショアは怪我人が絶えない状況になりますね。 「そうですね。足を怪我するサーファー、サーフボードが衝突する事故など、アクシデントはとても多くなります。しかし、それでも冬のノースショアには波を求めて世界中からサーファーが集まります。時には身の危険をおかしてでも、より大きな波、チューブを狙っていくサーファーなど日常茶飯事です。」 −−−−そのような危険な海の状況でレスキューする場合、何が大切になりますか？ 「まず、事前の警告をすることが重要です。通常ならば、巨大な波に乗っているのはひとり、もしくはふたり。とはいえアクシデントが発生した時、すぐに救助することはできません。サーファーで混雑する海のなかでアクシデントに見舞われたサーファーを見つけ、迅速にジェットスキーを出動させて救助する必要があるのです。その時には波とのタイミングをはかることも大切。そのためジェットスキーのドライバーに熟練したサーファーが多いことは、とても重要なことなのです。救助の際、他のサーファーの動き、波や潮の流れなど海の知識がないとスムーズに対応できないことが理由です。世界規模の大会時にはウォーターパトロールが編成されますが、彼らはサーファーが大きく危険な波に挑む際、常にその動きを監視しています。そして、もし大会を海上から撮影するフォトグラファーやビデオグラファーがいる場合、彼らの安全も確保しなくてはなりません。水中から撮影する場合などは、ウォーターパトロールのジェットスキーがあれば機材をそこへ置くなど、より撮影に集中することができます。またハワイではサーフィンだけでなく、パドルボード、SUP、スイム、ボディボードなど多くの大会が行なわれており、そのすべての大会で安全を確保することを目的に、ライフガード、ウォーターパトロールは陰ながらサポートしているのです。」 ▼後編はコチラ ・伝説のボディサーファー、マーク・カニングハム インタビュー（後編）]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>ハワイにはライフガードという仕事がある。警察官や消防士と同様の公務という実情は、暮らしとビーチ環境が密接しているハワイらしい。四季のある日本のような季節労働者ではなく、年間を通したフルタイムの仕事なのである。</p>
<p>同職に就く人にはサーフィン界で高名な人がいる。ビッグウェイバーの象徴として英雄視されるエディ・アイカウ。女性初のライフガードとして知られるレラ・サン。そして屈指のボディサーファーとして名高いマーク・カニングハム。</p>
<p>今回は２００５年まで現役ライフガードとしてパイプラインを含めたノースショアを見守り続けたマークさんに、ライフガードという仕事の内容と魅力について語ってもらった。</p>
<p><strong>＜プロフィール＞　</strong>マーク・カニングハム。６７歳。ハワイ・オアフ島、ノースショアにあるサーフスポットのエフカイビーチパークを勤務地に、２９年間のライフガード生活を送ってきた。エフカイビーチの真横には、世界中のサーファーに知られるエキスパートオンリーのサーフスポット、パイプラインがある。シーズンとなる冬には電信柱ほどに大きな波がブレイクするパイプラインには、その波を味わおうと腕利きのサーファーが世界中から集結。激しく混雑する模様を毎日眺めつつ、マークさんたちは死線の番人として多くのサーファーを救ってきた。一方、世界屈指のボディサーファーでもあり、近年ではボディサーフィンに焦点をあてた映像作品『カムヘル・オア・ハイウォーター』で中心的な役割を演じた。※以下の映像の最初の方に声とあわせて登場する人物。</p>
<p><iframe width="500" height="281" src="http://www.youtube.com/embed/rOez2mFNk2s?feature=oembed" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>−−−−ハワイではライフガードが公務と聞きました。仕事の内容を教えて頂けますか？</p>
<p>「ライフガードは合衆国政府が公認している地方公務員です。ビーチと海のなかが常に安全であるように監視しています。エリアによって異なりますが、基本的には午前９時から１７時までが勤務時間。年間３６５日を交代で勤めます。この体制はアメリカ合衆国内でも稀な状況です。カリフォルニア州では繁忙期の６月から８月、フロリダ州やニュージャージー州などの東海岸地域も夏場だけの季節業務。ロサンゼルスの一部では通年ライフガードを勤める人がいますが、ごく少人数です。しかしここハワイでは通年の仕事として認知されています。」</p>
<p>−−−−どれくらいの人が常勤しているのでしょう？</p>
<p>「退職して１０年近く経過するため今日の正式な人数は把握できていませんが、おそらく２５０名前後のライフガードが働き、約２００名が常勤、残りの人が週に３日ほどの勤務体系にあると思います。」</p>
<p>−−−−ライフガードは、ハワイの人にとっては一般的な職業なのですか？</p>
<p>「それほど一般的な仕事とは言えませんが、ただハワイ州の人々は警察官、消防士、救急隊と同じようにライフガードを認知していると思います。」</p>
<p>−−−−ライフガードの一般的な任務について教えてください。</p>
<p>「任務内容は勤務する海岸によって大きく異なります。例えば、ノースショアの夏場はスイミングプールのように波が全く上がりません。けれど冬場になると大きいサイズまで上がり、とても忙しくなります。伝統的には、地域にあるライフガードタワーを軸に、街の美化、子供、女性、緊急を要する人々の手助けを第一に活動します。大きなサイズの波の日には街中に警告をして、ビーチに警告の旗を上げ、アナウンスをし、海岸を歩いて、人々の身を守るために注意を呼びかけます。」</p>
<p>−−−−通年同じ場所に勤務するのですか？</p>
<p>「人により異なります。通年同じ場所に勤務するメンバーもいれば、経験を積むために数日を同じ場所で勤務した後に移動を繰り返すメンバーもいます。勤務エリアですが、オワフ島の場合には４つの区域があります。ワイキキ、アラモアナの第１区域、ハナウマベイ、サンディービーチ、マカプー、カイルアの第２区域、サンセットビーチ、エフカイ、ワイメア、チャンズリーフのノースショアが第３地域、そして第４区域がウエストサイドのマカハ、ヨコハマ、マイリです。それぞれにキャプテンが在籍して、タワーと４台のジェットスキーが常備されています。カイルア地域は広いためにサンディービーチとカイルアビーチにそれぞれジェットスキーがあります。ノースショアにも２台のジェットスキーが準備されています。」</p>
<p>−−−−マークさんが勤めていた場所は？</p>
<p>「ほとんどの任務はエフカイビーチ地域でした。１９７６年の冬に異動したんです。それから約２０年間勤め、後に９年ほどライフガード本部に勤務してトレーニング部門の顧問を担っていました。」</p>
<p>−−−−トレーニングとは具体的にどのようなことをするのですか？</p>
<p>「ライフガードは、日々の業務と、アラモアナビーチパークでおこなわれる厳しいパフォーマンステストの通過を念頭にトレーニングをします。そのテストの内容は３つ。まず海岸を１キロ走り、同じ距離を泳いで戻ってきます。制限時間は２５分です。休憩を数分とった後におこなうのが４００メートルのレスキューボードパドル。大きなロングボードをパドルして沖へ向い、１００メートルほどのところに置かれている約１１フィートのボード４枚を１枚ずつビーチへ運びます。計４往復の制限時間は４分。３つめがラン・スイム・ランと呼ばれるもので、ライフガードに必要な活動内容をミックスしたものです。１００メートル走り、続けて１００メートル泳ぎ、そして１００メートル走る。これらを３分以内におこなうことが求められます。目的は全力疾走の状況下でも冷静に対処できる心身をつくることで、ハワイのライフガードが求められる最低限の事柄です。こうした内容を踏まえて、ライフガードたちは日々、砂浜でのランニング、サーフィン、ボディサーフィン、シュノーケリングと向き合っています。」</p>
<p>−−−−冬のノースショアは怪我人が絶えない状況になりますね。</p>
<p>「そうですね。足を怪我するサーファー、サーフボードが衝突する事故など、アクシデントはとても多くなります。しかし、それでも冬のノースショアには波を求めて世界中からサーファーが集まります。時には身の危険をおかしてでも、より大きな波、チューブを狙っていくサーファーなど日常茶飯事です。」</p>
<p>−−−−そのような危険な海の状況でレスキューする場合、何が大切になりますか？</p>
<p>「まず、事前の警告をすることが重要です。通常ならば、巨大な波に乗っているのはひとり、もしくはふたり。とはいえアクシデントが発生した時、すぐに救助することはできません。サーファーで混雑する海のなかでアクシデントに見舞われたサーファーを見つけ、迅速にジェットスキーを出動させて救助する必要があるのです。その時には波とのタイミングをはかることも大切。そのためジェットスキーのドライバーに熟練したサーファーが多いことは、とても重要なことなのです。救助の際、他のサーファーの動き、波や潮の流れなど海の知識がないとスムーズに対応できないことが理由です。世界規模の大会時にはウォーターパトロールが編成されますが、彼らはサーファーが大きく危険な波に挑む際、常にその動きを監視しています。そして、もし大会を海上から撮影するフォトグラファーやビデオグラファーがいる場合、彼らの安全も確保しなくてはなりません。水中から撮影する場合などは、ウォーターパトロールのジェットスキーがあれば機材をそこへ置くなど、より撮影に集中することができます。またハワイではサーフィンだけでなく、パドルボード、SUP、スイム、ボディボードなど多くの大会が行なわれており、そのすべての大会で安全を確保することを目的に、ライフガード、ウォーターパトロールは陰ながらサポートしているのです。」</p>
<p><iframe width="500" height="375" src="http://www.youtube.com/embed/_3DfEgSKpjM?feature=oembed" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-14074" title="mark" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/06/mark.jpg" alt="" width="612" height="612" /></p>
<p style="text-align: right;">
<p>▼後編はコチラ<br />
・<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.namiaru.tv/bluer/?p=15990" target="_blank">伝説のボディサーファー、マーク・カニングハム インタビュー（後編）</a></span></p>
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		<title>テトラポッドのある海が当たり前、ではないということ。</title>
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		<pubDate>Sat, 11 May 2013 07:07:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/news/?p=13781</guid>
		<description><![CDATA[　近年の女子サッカーに関心を持つ人ならアルガルヴェという地名を聞いたことがあるだろう。ポルトガルにあるこの土地は女子サッカーの国際大会アルガルヴェ・カップが開催される場所で、昨年は日本代表のなでしこジャパンが準優勝。前年６月にワールドカップを制した勢いで国民栄誉賞を受賞し、お茶の間からの高い注目度を保ったままで臨んだのが、ポルトガル最南端地方での戦いだった。 　このアルガルヴェ、日本からは非常に遠い。なにせ日本からはポルトガルへの直行便さえない。アルガルヴェの玄関口ファロへは最低２回のトランジットが必要となり、まる１日をかけた移動の末にたどり着く場所は物理的にも心理的にも遠く、やはり現実的な目的地だと言い切ることは難しい。 　でも、けれど、美しいビーチ環境が、アルガルヴェにはある。 　僕が同地を訪れたのは２００９年。カメラマン高橋賢勇と大西洋岸めぐりの旅に出ていた道中だった。日本には聞こえてきづらいヨーロッパの波とサーファーに出会う旅。その過程でアルガルヴェに住むサーファーとつながり、彼の居場所を訪れようとポルトガルへ入国した。 　起点のフランス・ビアリッツからアルガルヴェまでは、スペインやポルトガルの所々でストップしながら２週間ほどのドライブ。ようやく出会えたサーファーのダニロ・コスタはシェイプもしていて、レトロ・ムーブメントという自身のブランドを展開していた。その彼が連れて行ってくれたポイント、そこがなんとも素晴らしい環境だったのだ。 　ノルウェーのナンバープレートをつけたキャンパー・バンなどが並ぶ駐車場にクルマを止め、小高い丘を越えて海をのぞむと、瞬時に目に入ってきたのは大きな大きな砂浜。天然のベージュ色が美しい、ゴミのないビーチだ。海岸線ははるか彼方まで続き、入り組む入り江は手つかずで、崖という崖はむき出しのまま。背後の山から昇ってくる太陽はとても大きく、小さな波が割れる海を暖色に染め上げていった。ダニロはここで毎日サーフしているという。なんともうらやましい限りだが、果たして日本にこのような光景はあっただろうか。そう思索が巡り、いっそう彼が日々を過ごす環境にうらやましさがこみ上げて来た。 　そのような環境を前に、アルガルヴェはポルトガルの地方だから成立する、という意見もあるだろう。海岸近くに住む人は少なく、護岸を整備する必要性は小さいというものだ。おそらく、いくぶんかは正しい。けれど、大半は間違っている。フランス南西部にあるリゾート地のビアリッツから、スペインの各ビーチタウン、ポルトガルのポルトやリスボンへの道の途中で、ガッチリとコンクリートで固めたビーチ環境を目にした記憶がほとんどないからだ。 　一方で日本の地方はどうだろう。テトラポッドやヘッドランドのないビーチ環境をどれだけ知っているだろうか。眩い緑の天然芝がそなわったビーチパークはどれほどあるのだろう。今のところの僕は、誰もが気軽に楽しめるビーチ環境で、心を奪われた景色に出会ったことがない。もちろん、ただ知らないだけ、という可能性は否定しない。 　この差異は日本と欧州の護岸に対する考えの違いが生み出すのだろうか。それとも向こうの国々の景観学が異様に発達しているのか。ハワイなどでは、打ち寄せる波によって浸食は続くのだから、という考えが海岸線の環境に息づいているとも聞く。それでは日本のビーチ環境は、どのような指針に基づいて形づくられてきたのだろうか。 　正確な答えはまだ手にしていない。けれど、政治、経済、理念、過去への畏敬、未来への展望といったあらゆる要素が絡みあって現在の環境は生まれている。そして、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパの各ビーチを見てきて思うのは、ビーチカルチャー先進国と比較した場合、日本のビーチ環境は少数派に部類されるもの、ということである。 　日本のサーフィンには半世紀以上の歴史がある。真冬の海でも暖かい日にはサーファーで混雑するまでになった。ファッション的なトレンドだって何度繰り返したことか。もうそろそろ消費だけを楽しむのではなく、自分の技術レベルの向上を目指すだけでもなく、「快適に過ごせるビーチ環境とは？」という視点がごくごく普通になってもいい。日本のサーファーが日常的に目にしている状況は、世界的には決して当たり前の環境ではない、のだから。 小山内 隆]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　近年の女子サッカーに関心を持つ人ならアルガルヴェという地名を聞いたことがあるだろう。ポルトガルにあるこの土地は女子サッカーの国際大会アルガルヴェ・カップが開催される場所で、昨年は日本代表のなでしこジャパンが準優勝。前年６月にワールドカップを制した勢いで国民栄誉賞を受賞し、お茶の間からの高い注目度を保ったままで臨んだのが、ポルトガル最南端地方での戦いだった。</p>
<p>　このアルガルヴェ、日本からは非常に遠い。なにせ日本からはポルトガルへの直行便さえない。アルガルヴェの玄関口ファロへは最低２回のトランジットが必要となり、まる１日をかけた移動の末にたどり着く場所は物理的にも心理的にも遠く、やはり現実的な目的地だと言い切ることは難しい。</p>
<p>　でも、けれど、美しいビーチ環境が、アルガルヴェにはある。</p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-13782" title="portugal" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/05/portugal1.jpg" alt="" width="1575" height="893" /></p>
<p>　僕が同地を訪れたのは２００９年。カメラマン高橋賢勇と大西洋岸めぐりの旅に出ていた道中だった。日本には聞こえてきづらいヨーロッパの波とサーファーに出会う旅。その過程でアルガルヴェに住むサーファーとつながり、彼の居場所を訪れようとポルトガルへ入国した。</p>
<p>　起点のフランス・ビアリッツからアルガルヴェまでは、スペインやポルトガルの所々でストップしながら２週間ほどのドライブ。ようやく出会えたサーファーのダニロ・コスタはシェイプもしていて、レトロ・ムーブメントという自身のブランドを展開していた。その彼が連れて行ってくれたポイント、そこがなんとも素晴らしい環境だったのだ。</p>
<p>　ノルウェーのナンバープレートをつけたキャンパー・バンなどが並ぶ駐車場にクルマを止め、小高い丘を越えて海をのぞむと、瞬時に目に入ってきたのは大きな大きな砂浜。天然のベージュ色が美しい、ゴミのないビーチだ。海岸線ははるか彼方まで続き、入り組む入り江は手つかずで、崖という崖はむき出しのまま。背後の山から昇ってくる太陽はとても大きく、小さな波が割れる海を暖色に染め上げていった。ダニロはここで毎日サーフしているという。なんともうらやましい限りだが、果たして日本にこのような光景はあっただろうか。そう思索が巡り、いっそう彼が日々を過ごす環境にうらやましさがこみ上げて来た。</p>
<p>　そのような環境を前に、アルガルヴェはポルトガルの地方だから成立する、という意見もあるだろう。海岸近くに住む人は少なく、護岸を整備する必要性は小さいというものだ。おそらく、いくぶんかは正しい。けれど、大半は間違っている。フランス南西部にあるリゾート地のビアリッツから、スペインの各ビーチタウン、ポルトガルのポルトやリスボンへの道の途中で、ガッチリとコンクリートで固めたビーチ環境を目にした記憶がほとんどないからだ。</p>
<p>　一方で日本の地方はどうだろう。テトラポッドやヘッドランドのないビーチ環境をどれだけ知っているだろうか。眩い緑の天然芝がそなわったビーチパークはどれほどあるのだろう。今のところの僕は、誰もが気軽に楽しめるビーチ環境で、心を奪われた景色に出会ったことがない。もちろん、ただ知らないだけ、という可能性は否定しない。</p>
<p>　この差異は日本と欧州の護岸に対する考えの違いが生み出すのだろうか。それとも向こうの国々の景観学が異様に発達しているのか。ハワイなどでは、打ち寄せる波によって浸食は続くのだから、という考えが海岸線の環境に息づいているとも聞く。それでは日本のビーチ環境は、どのような指針に基づいて形づくられてきたのだろうか。</p>
<p>　正確な答えはまだ手にしていない。けれど、政治、経済、理念、過去への畏敬、未来への展望といったあらゆる要素が絡みあって現在の環境は生まれている。そして、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパの各ビーチを見てきて思うのは、ビーチカルチャー先進国と比較した場合、日本のビーチ環境は少数派に部類されるもの、ということである。</p>
<p>　日本のサーフィンには半世紀以上の歴史がある。真冬の海でも暖かい日にはサーファーで混雑するまでになった。ファッション的なトレンドだって何度繰り返したことか。もうそろそろ消費だけを楽しむのではなく、自分の技術レベルの向上を目指すだけでもなく、「快適に過ごせるビーチ環境とは？」という視点がごくごく普通になってもいい。日本のサーファーが日常的に目にしている状況は、世界的には決して当たり前の環境ではない、のだから。</p>
<p style="text-align: right;">
<p style="text-align: right;">小山内 隆</p>
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		<title>アベノミクスとサーフィン</title>
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		<pubDate>Fri, 03 May 2013 09:47:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[　初夏も間近のある土曜日、千葉北エリアをロケハンのために訪れた。天気は悪く、小雨がぱらつき、北東風が吹き続いていた。オンショアとなる風で波は不良。週末にもかかわらずサーファーの数は少なかった。天候を思えばその状況は驚くようなものではない。異様に感じたのは、海岸線沿いの国道を走るクルマの通り自体がまばらだったことだ。 　人の姿が少ない。おそらくそれが同エリアの素の表情なのだろう。陽気も波も良い時に渋滞さえつくり出すサーファーたちの多くはあくまでビジター。町の文化や歴史をつくる人たちではなかった。 　日本屈指のサーフィン王国とはいえ主たる地場産業は農業。一宮町のキャッチフレーズは“緑と海と太陽のまち”だが、観光地としてのＰＲが功を奏しているとは思えない。玉前神社の上総十二社祭りには多くの人が訪れるものの、夏の海の家は減少の傾向にある。 　だからアベノミクスのもとに生まれた国土強靭化計画の行方が気になる。特定の産業がない土地にとって公共事業は旨味でしかないためだ。海岸線の景観が美しいと広く認識されている鎌倉でさえ、腰越漁港の環境整備や鎌倉高校駅前交差点の改良事業を目的として、海岸線に手を加えようとする行政主導の計画が生まれてきた。海岸の砂が減少する一方の九十九里浜なら、護岸対策と称して沖合を堤防で繋いでしまおうとする計画が浮上してもおかしくはない。 　思い起こされるのは、もうだいぶ前、別件での取材時に聞いた当時の逗子市長の言葉だ。市長はウインドサーファーの選手として活躍したこともあった。そこで「なぜ多くのサーファーで賑わうスポットが消滅するような計画が生まれるのでしょう」という質問をした。海への理解が高いだろうと思ったからだ。返答は、予想とは違った。 　「サーファーからはそういう意見が多くても、異なる意見を持つサーファーではない人も多いのです」 　予期していたものとは異なる答えに戸惑った覚えがある。けれど、その地域に住む人がサーファーばかりでないと思えば、至極まっとうな返答なのである。 　続けて市長は「意識の高い住民が暮らす地域の市政は非常に難しい。何かを計画すると賛成と反対の声がすぐにあがる。それらを無視して市政をおこなうことはできません」と述べた。海や波を失うことが嫌ならば、行政の振る舞いに無関心を装ってはいけない。どのような街に暮らしたいのかについて、きちんとした意識を持つことが大切だ。今思えば、市政を司る権力者でありながら、海の魅力を知る同じ側の人からのアドバイスだったようにさえ思う。 　国土強靭化計画は海の環境に何をもたらすのか。自分の暮らす街に、サーフするために通う街に、どのような変化が生じるのか。「波がなくなるから嫌」では物事は進まない。何か変化の兆候が見られた時、海があり、波があり、サーフィンがあって、その街に何がもたらされるのかを提示して、サーフィンをしない人たちから理解を得る必要がある。 　実例なら、ある。 　宮城県のサーフスポット・仙台新港に面する向洋海浜公園は、地元のサーファーが行政に働きかけ生まれた場所だ。誕生後、近隣のデイケア施設が散歩コースに取り組み、海を毎日感じられる環境に施設の人たちは喜んでいるという声が県に届けられた。震災後、早くから復旧に着手したことにも、行政、サーファー、住民の関係が良好であることを伺わせる。 　同様の町が全国の津々浦々から聞こえてきた時、日本のビーチ文化は欧米に近づく。国土強靭化計画を逆手にとって利用する。それほどに剛胆な、海の魅力を知る人物の登場が望まれる。 小山内 隆 写真：南カリフォルニアのソルトクリーク海浜公園は住民の声が誕生させた場所。サーファー含め、多くの人の憩いの場になっている。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　初夏も間近のある土曜日、千葉北エリアをロケハンのために訪れた。天気は悪く、小雨がぱらつき、北東風が吹き続いていた。オンショアとなる風で波は不良。週末にもかかわらずサーファーの数は少なかった。天候を思えばその状況は驚くようなものではない。異様に感じたのは、海岸線沿いの国道を走るクルマの通り自体がまばらだったことだ。</p>
<p>　人の姿が少ない。おそらくそれが同エリアの素の表情なのだろう。陽気も波も良い時に渋滞さえつくり出すサーファーたちの多くはあくまでビジター。町の文化や歴史をつくる人たちではなかった。</p>
<p>　日本屈指のサーフィン王国とはいえ主たる地場産業は農業。一宮町のキャッチフレーズは“緑と海と太陽のまち”だが、観光地としてのＰＲが功を奏しているとは思えない。玉前神社の上総十二社祭りには多くの人が訪れるものの、夏の海の家は減少の傾向にある。</p>
<p>　だからアベノミクスのもとに生まれた国土強靭化計画の行方が気になる。特定の産業がない土地にとって公共事業は旨味でしかないためだ。海岸線の景観が美しいと広く認識されている鎌倉でさえ、腰越漁港の環境整備や鎌倉高校駅前交差点の改良事業を目的として、海岸線に手を加えようとする行政主導の計画が生まれてきた。海岸の砂が減少する一方の九十九里浜なら、護岸対策と称して沖合を堤防で繋いでしまおうとする計画が浮上してもおかしくはない。</p>
<p>　思い起こされるのは、もうだいぶ前、別件での取材時に聞いた当時の逗子市長の言葉だ。市長はウインドサーファーの選手として活躍したこともあった。そこで「なぜ多くのサーファーで賑わうスポットが消滅するような計画が生まれるのでしょう」という質問をした。海への理解が高いだろうと思ったからだ。返答は、予想とは違った。</p>
<p>　「サーファーからはそういう意見が多くても、異なる意見を持つサーファーではない人も多いのです」</p>
<p>　予期していたものとは異なる答えに戸惑った覚えがある。けれど、その地域に住む人がサーファーばかりでないと思えば、至極まっとうな返答なのである。</p>
<p>　続けて市長は「意識の高い住民が暮らす地域の市政は非常に難しい。何かを計画すると賛成と反対の声がすぐにあがる。それらを無視して市政をおこなうことはできません」と述べた。海や波を失うことが嫌ならば、行政の振る舞いに無関心を装ってはいけない。どのような街に暮らしたいのかについて、きちんとした意識を持つことが大切だ。今思えば、市政を司る権力者でありながら、海の魅力を知る同じ側の人からのアドバイスだったようにさえ思う。</p>
<p>　国土強靭化計画は海の環境に何をもたらすのか。自分の暮らす街に、サーフするために通う街に、どのような変化が生じるのか。「波がなくなるから嫌」では物事は進まない。何か変化の兆候が見られた時、海があり、波があり、サーフィンがあって、その街に何がもたらされるのかを提示して、サーフィンをしない人たちから理解を得る必要がある。</p>
<p>　実例なら、ある。</p>
<p>　宮城県のサーフスポット・仙台新港に面する向洋海浜公園は、地元のサーファーが行政に働きかけ生まれた場所だ。誕生後、近隣のデイケア施設が散歩コースに取り組み、海を毎日感じられる環境に施設の人たちは喜んでいるという声が県に届けられた。震災後、早くから復旧に着手したことにも、行政、サーファー、住民の関係が良好であることを伺わせる。</p>
<p>　同様の町が全国の津々浦々から聞こえてきた時、日本のビーチ文化は欧米に近づく。国土強靭化計画を逆手にとって利用する。それほどに剛胆な、海の魅力を知る人物の登場が望まれる。</p>
<p style="text-align: right;">小山内 隆</p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-13714" title="ca" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/05/ca.jpg" alt="" width="612" height="612" /></p>
<p>写真：南カリフォルニアのソルトクリーク海浜公園は住民の声が誕生させた場所。サーファー含め、多くの人の憩いの場になっている。</p>
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		<title>“ボリューム”ラプソディー</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Apr 2013 14:37:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.namiaru.tv/news/?p=13674</guid>
		<description><![CDATA[　「身長１７８センチ、体重７１キロなのですが、２７リットルで浮力は大丈夫でしょうか？」 　近年、このような問い合わせが増えていると、チャネルアイランドサーフボードのスタッフはいう。背景にはサーフボードの特性を示す数値が４つになったことがある。長さ、幅、厚さに加え、ここ数年で容積をあらわす“リットル”が登場したのだ。容積とは浮力（＝ボリューム）のこと。つまり、自分にとって最適な浮力を数値で把握していれば、どのようなサイズ、形状のサーフボードを選んでも、浮かび上がる力が正しければ問題ないと思うユーザーがあらわれているのだろう。 　しかし同スタッフによれば、数字はあくまで目安で、ボードのコンセプトや技量などによって適したスペックは変わる旨を伝えるという。そのため最寄りのディーラーを教え、スタッフと会話を交わして欲しいと返答するのだと話してくれた。サーフボードは今までのように長さだけを目安に選ぶのではなく、デザインのコンセプトで選べる時代ではある。けれど、だからこそ、数値にとらわれすぎないで欲しいという思いからだ。 　同ブランドのサーフボード開発を一身に手がけるアル・メリックは、過去よりも未来に興味がある人で知られる。ケリー・スレーターらと新モデルの開発に意欲的に取り組み、度重なるテストを経てデータ化が完了すれば、そのコンセプトはマシーンシェイプによって世界中のユーザーへ届けられる。それほどに機械的であっても、数値にとらわれ過ぎないようにと同ブランドは警告を鳴らす。むろん、カスタムボードを手がけるブランドならばなおさらのことだ。 　カスタムボードが海外にも高評価を得る国内ブランドのシェイパーに話を聞いたところ、容積だけではなく、数値を重視するサーフボード選びが正解とはいえないと指摘する。 　「マシーンシェイプの場合、プリシェイプの段階でスペックは決まっている。長さや幅と同様、容積も機械化されているわけだけれど、しかしそのような世界観はウインドサーフィンなどではずっと当たり前のことだった。確かにコンペティションの世界で凌ぎを削るトップサーファーたちは、あらゆる形状のサーフボードに対して、自分にフィットするデータを数値化している。それは同じ性能を持ったボードを何枚も必要としているから。一方で一般のユーザーは１年に１本オーダーできるかできないか。それならば、数値にとらわれるのではなく、どのようにサーフィンをしたいのかというフィーリングを最優先するのがいいのではないだろうか。それこそ、今はどのようなカタチのサーフボードに乗ってもいい、まさに自由な時代なのだから」 　湘南・茅ヶ崎と東京・一之江にプロショップ、キラーサーフを構える川畑邦宏プロも、この言葉に同調する。 　「数値が同じでも、アウトラインの変化、レールやセンター部の厚みの変化といったディティールで、サーフボードは動きも推進力もまったく異なる。ウチはスタッフがお客さんの相談にのるような会話を通してその人のための１本をつくるから、『僕の浮力は？』という質問は話題にあがらないな」 　実は僕も、浮力が数値化されれば、その数字を目安にボードを選べばいいから便利になったと思っていた。が、盲目になってはいけないと再認識した。“ボリューム”を示す数字はひとつの指針にはなったものの、あくまで目安。ベストな１本とは、いつの時代も“アナタのための１本”。もはやカスタムオーダーを受け付けなくなったアル・メリックが“アナタのための１本”をつくるとなったら、世界中でどれだけの人がウェイティングリストに名前を残すだろう。やはりサーフボードは工芸品的な佇まいが相応しい。 　ただ今回の取材を通して、サーフボードは工業製品と捉えるお客さんも増えている、ということを知った。都内の大型スポーツ店のスタッフによれば、ここ数年で客層が明らかに変わったのだという。 　「まるで電子レンジを買っていくようにサーフボードを買う人が増えたんです。フルオーダー品に対してさえ『ロゴマークの位置が違う！』なんていうクレームをつけてくる。わずかにズレていただけなのに、です。テイクオフできないから返品したいという声もありました。おそらくプロショップでは状況は違うでしょう。でもそのような方々も僕らのお客さんですから、オススメする目安が多ければ多いほど僕らは嬉しいんです」 　都心では、まったく異なる視点から狂想曲が奏でられていたのである。  エディター　小山内 隆]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　「身長１７８センチ、体重７１キロなのですが、２７リットルで浮力は大丈夫でしょうか？」</p>
<p>　近年、このような問い合わせが増えていると、チャネルアイランドサーフボードのスタッフはいう。背景にはサーフボードの特性を示す数値が４つになったことがある。長さ、幅、厚さに加え、ここ数年で容積をあらわす“リットル”が登場したのだ。容積とは浮力（＝ボリューム）のこと。つまり、自分にとって最適な浮力を数値で把握していれば、どのようなサイズ、形状のサーフボードを選んでも、浮かび上がる力が正しければ問題ないと思うユーザーがあらわれているのだろう。</p>
<p>　しかし同スタッフによれば、数字はあくまで目安で、ボードのコンセプトや技量などによって適したスペックは変わる旨を伝えるという。そのため最寄りのディーラーを教え、スタッフと会話を交わして欲しいと返答するのだと話してくれた。サーフボードは今までのように長さだけを目安に選ぶのではなく、デザインのコンセプトで選べる時代ではある。けれど、だからこそ、数値にとらわれすぎないで欲しいという思いからだ。</p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-13676" title="写真" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/04/37e3808047553cedb34daa9b1d7ab2a3.jpg" alt="" width="2448" height="2448" /></p>
<p>　同ブランドのサーフボード開発を一身に手がけるアル・メリックは、過去よりも未来に興味がある人で知られる。ケリー・スレーターらと新モデルの開発に意欲的に取り組み、度重なるテストを経てデータ化が完了すれば、そのコンセプトはマシーンシェイプによって世界中のユーザーへ届けられる。それほどに機械的であっても、数値にとらわれ過ぎないようにと同ブランドは警告を鳴らす。むろん、カスタムボードを手がけるブランドならばなおさらのことだ。</p>
<p>　カスタムボードが海外にも高評価を得る国内ブランドのシェイパーに話を聞いたところ、容積だけではなく、数値を重視するサーフボード選びが正解とはいえないと指摘する。</p>
<p>　「マシーンシェイプの場合、プリシェイプの段階でスペックは決まっている。長さや幅と同様、容積も機械化されているわけだけれど、しかしそのような世界観はウインドサーフィンなどではずっと当たり前のことだった。確かにコンペティションの世界で凌ぎを削るトップサーファーたちは、あらゆる形状のサーフボードに対して、自分にフィットするデータを数値化している。それは同じ性能を持ったボードを何枚も必要としているから。一方で一般のユーザーは１年に１本オーダーできるかできないか。それならば、数値にとらわれるのではなく、どのようにサーフィンをしたいのかというフィーリングを最優先するのがいいのではないだろうか。それこそ、今はどのようなカタチのサーフボードに乗ってもいい、まさに自由な時代なのだから」</p>
<p>　湘南・茅ヶ崎と東京・一之江にプロショップ、キラーサーフを構える川畑邦宏プロも、この言葉に同調する。</p>
<p>　「数値が同じでも、アウトラインの変化、レールやセンター部の厚みの変化といったディティールで、サーフボードは動きも推進力もまったく異なる。ウチはスタッフがお客さんの相談にのるような会話を通してその人のための１本をつくるから、『僕の浮力は？』という質問は話題にあがらないな」</p>
<p>　実は僕も、浮力が数値化されれば、その数字を目安にボードを選べばいいから便利になったと思っていた。が、盲目になってはいけないと再認識した。“ボリューム”を示す数字はひとつの指針にはなったものの、あくまで目安。ベストな１本とは、いつの時代も“アナタのための１本”。もはやカスタムオーダーを受け付けなくなったアル・メリックが“アナタのための１本”をつくるとなったら、世界中でどれだけの人がウェイティングリストに名前を残すだろう。やはりサーフボードは工芸品的な佇まいが相応しい。</p>
<p>　ただ今回の取材を通して、サーフボードは工業製品と捉えるお客さんも増えている、ということを知った。都内の大型スポーツ店のスタッフによれば、ここ数年で客層が明らかに変わったのだという。</p>
<p>　「まるで電子レンジを買っていくようにサーフボードを買う人が増えたんです。フルオーダー品に対してさえ『ロゴマークの位置が違う！』なんていうクレームをつけてくる。わずかにズレていただけなのに、です。テイクオフできないから返品したいという声もありました。おそらくプロショップでは状況は違うでしょう。でもそのような方々も僕らのお客さんですから、オススメする目安が多ければ多いほど僕らは嬉しいんです」</p>
<p>　都心では、まったく異なる視点から狂想曲が奏でられていたのである。</p>
<p style="text-align: right;">
<p style="text-align: right;"> エディター　小山内 隆</p>
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		<title>ボードカルチャーが社会を変える</title>
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		<pubDate>Sun, 14 Apr 2013 19:35:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[ストリートアートが小学校の校舎を彩る。反社会的な落書き行為を規律や道徳の価値を教える学校が必要とするという、とても不思議な光景がロサンゼルスにあった。 「学校はダウンタウンから１時間ほど南下したパラマウントという街にありました。総住民数の８割近くがヒスパニック系移民で、地域的な特徴が生み出した光景らしいですよ」 そう教えてくれたのは花井祐介くん。逗子を拠点にアーティスト活動をするサーファーで、彼のアートもその校舎に描かれている。学校に招待され、昨年の夏に描いてきたのだ。 「僕を呼んでくれたのはエリック・カルーソという先生です。聞けば学校には９０年代から美術や音楽という芸術分野の授業はなく、生徒たちに機会を与えたいとプロジェクトを興したというんです」 学校はハリーワーツ小学校という。スペイン語圏の国から移り住んだ人が多く、そのため生徒たちの多くが英語を母国語として育っていない。ひとりあたりの平均収入がカリフォルニア州のそれの半分にも満たない状況は、家庭内の教育環境を向上させるには難しい。また学校運営の主な財源となる税金も十分ではないため、学校はサポートの手厚い環境を確保することができない。そこでハリーワーツ小学校は基礎学力向上を最優先とするカリキュラムを採用してきた。結果、美術や音楽の時間はなくなった。そのぶんを読み書きや算数に充ててきたのだ。日本とは違い、アメリカの場合はカリキュラムを学校区が決めることができるためである。 しかしエリック先生は疑問を抱いてきた。読み書きと算数に向き合うだけで学校生活を終えてしまうのは非常につまらない。生徒にはその子なりの才能や得意な分野がある。そう思い、ついに自らアートプロジェクトを立ち上げたである。ボディボーダーだったという背景も、彼の思いを後押しした。個人的な知り合いにシェパード・フェアリー（＊OBEYの愛称で知られるアーティスト。大統領選挙中にオバマをモチーフとしたポスターを手がけたことで有名）というアーティストがいて、彼に相談したところ全面的な協力を取り付けたのだ。さらにシェパードが知人を紹介してくれ、人が人を呼び、昨夏は海を越えて花井くんのところまで協力を募る声が届いた。 花井くんによるとプログラムはふたつの項目で構成されているという。ひとつは『smART』というプログラム。『students making ART』の略で、生徒にアートを創作してもらうことをテーマとする。エリック先生が受け持つ５年生を対象に月に１度開催され、毎回異なるアーティストから提供される作品を題材に生徒たちが創作する。昨年度は前述したシェパード・フェアリーに加え、トーマス・キャンベル、ジェフ・カンハム、リッチ・ジェイコブスらストリートアート界のビッグネームが参加。生徒の創作物は彼らアーティストによる選定を受け、年に１度の発表会で優秀者が表彰を受ける。もうひとつは『MURAL』。日本語で『壁画』を意味する同プログラムは、まず招待アーティストに校舎の壁にペインティングをしてもらう。次に全校生徒へ壁画を披露し、感じたことを絵や文章でノートに記してもらうもの。いわば体感学習の趣きなのである。 そして花井くんは、壁画を描くことを最大の目的に同校を訪れた。 「生徒のなかにはホームレスの子もいると聞きました。校内では笑みを見せていても、想像を越えた生活を送っている生徒がいる。だから学校にいる時くらいは、アクティブにスポーツをやって、前向きな気持ちを抱いて欲しい。今回の絵にはそのような思いを込めています」 週末を使って描き切った翌月曜日、校内に新しく誕生したアート作品に生徒たちは目を奪われていた。手にしていたノートにさっそくペンを滑らせる子もいれば、花井くんに質問をする子もいる。行動はそれぞれでも、壁画から何かを感じ、心が動いている様子が読み取れる。 「まずは僕の絵に興味を持ってくれたことにホッとしました。アートに興味はなかったけれど、僕の絵を見て好きになったとも言われたんです。子どもたちの反応は素直に嬉しかったし、とてもいい時間を過ごせました。まだ壁は半分ほどのスペースが残っているので、再訪して完成させたいと思っています」 そしてこの５月、花井くんは再度小学校を訪問し、残されたスペースにアートを描くことになっている。 サーフィンやストリートアートという、アメリカで半世紀前に誕生したサブカルチャーは、今や国を問わず世代を超えた人々を魅了しつつあるものになった。いずれもどれだけ自分を満足させられるかを追求する遊びであり、テクニックを高めて競い合うものでもある。あるときは反抗のシンボルとなり、あるときは社会不適応者たちの避難場所になることもあった。実際の行為自体は半世紀を経た今も変わらない。けれど、その役割は確実に変わりつつあるようだ。惚れ込んで追求したサーフィンやアートワークという行為の利点を、自分以外の多くの人のために活用すること。それが新しい時代のサブカルチャーの役割なのかもしれないとハリーワーツ小学校のプロジェクトを見て感じた。確実に時代は移り変わっている。そう確信したプロジェクト模様だった。 photo GRAVIS]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img class="aligncenter size-full wp-image-13633" title="LA01" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/04/LA01.jpg" alt="" width="787" height="523" /></p>
<p>ストリートアートが小学校の校舎を彩る。反社会的な落書き行為を規律や道徳の価値を教える学校が必要とするという、とても不思議な光景がロサンゼルスにあった。</p>
<p>「学校はダウンタウンから１時間ほど南下したパラマウントという街にありました。総住民数の８割近くがヒスパニック系移民で、地域的な特徴が生み出した光景らしいですよ」</p>
<p>そう教えてくれたのは花井祐介くん。逗子を拠点にアーティスト活動をするサーファーで、彼のアートもその校舎に描かれている。学校に招待され、昨年の夏に描いてきたのだ。</p>
<p>「僕を呼んでくれたのはエリック・カルーソという先生です。聞けば学校には９０年代から美術や音楽という芸術分野の授業はなく、生徒たちに機会を与えたいとプロジェクトを興したというんです」</p>
<p>学校はハリーワーツ小学校という。スペイン語圏の国から移り住んだ人が多く、そのため生徒たちの多くが英語を母国語として育っていない。ひとりあたりの平均収入がカリフォルニア州のそれの半分にも満たない状況は、家庭内の教育環境を向上させるには難しい。また学校運営の主な財源となる税金も十分ではないため、学校はサポートの手厚い環境を確保することができない。そこでハリーワーツ小学校は基礎学力向上を最優先とするカリキュラムを採用してきた。結果、美術や音楽の時間はなくなった。そのぶんを読み書きや算数に充ててきたのだ。日本とは違い、アメリカの場合はカリキュラムを学校区が決めることができるためである。</p>
<p>しかしエリック先生は疑問を抱いてきた。読み書きと算数に向き合うだけで学校生活を終えてしまうのは非常につまらない。生徒にはその子なりの才能や得意な分野がある。そう思い、ついに自らアートプロジェクトを立ち上げたである。ボディボーダーだったという背景も、彼の思いを後押しした。個人的な知り合いにシェパード・フェアリー（＊OBEYの愛称で知られるアーティスト。大統領選挙中にオバマをモチーフとしたポスターを手がけたことで有名）というアーティストがいて、彼に相談したところ全面的な協力を取り付けたのだ。さらにシェパードが知人を紹介してくれ、人が人を呼び、昨夏は海を越えて花井くんのところまで協力を募る声が届いた。</p>
<p>花井くんによるとプログラムはふたつの項目で構成されているという。ひとつは『smART』というプログラム。『students making ART』の略で、生徒にアートを創作してもらうことをテーマとする。エリック先生が受け持つ５年生を対象に月に１度開催され、毎回異なるアーティストから提供される作品を題材に生徒たちが創作する。昨年度は前述したシェパード・フェアリーに加え、トーマス・キャンベル、ジェフ・カンハム、リッチ・ジェイコブスらストリートアート界のビッグネームが参加。生徒の創作物は彼らアーティストによる選定を受け、年に１度の発表会で優秀者が表彰を受ける。もうひとつは『MURAL』。日本語で『壁画』を意味する同プログラムは、まず招待アーティストに校舎の壁にペインティングをしてもらう。次に全校生徒へ壁画を披露し、感じたことを絵や文章でノートに記してもらうもの。いわば体感学習の趣きなのである。</p>
<p>そして花井くんは、壁画を描くことを最大の目的に同校を訪れた。</p>
<p>「生徒のなかにはホームレスの子もいると聞きました。校内では笑みを見せていても、想像を越えた生活を送っている生徒がいる。だから学校にいる時くらいは、アクティブにスポーツをやって、前向きな気持ちを抱いて欲しい。今回の絵にはそのような思いを込めています」</p>
<p>週末を使って描き切った翌月曜日、校内に新しく誕生したアート作品に生徒たちは目を奪われていた。手にしていたノートにさっそくペンを滑らせる子もいれば、花井くんに質問をする子もいる。行動はそれぞれでも、壁画から何かを感じ、心が動いている様子が読み取れる。</p>
<p>「まずは僕の絵に興味を持ってくれたことにホッとしました。アートに興味はなかったけれど、僕の絵を見て好きになったとも言われたんです。子どもたちの反応は素直に嬉しかったし、とてもいい時間を過ごせました。まだ壁は半分ほどのスペースが残っているので、再訪して完成させたいと思っています」</p>
<p>そしてこの５月、花井くんは再度小学校を訪問し、残されたスペースにアートを描くことになっている。</p>
<p>サーフィンやストリートアートという、アメリカで半世紀前に誕生したサブカルチャーは、今や国を問わず世代を超えた人々を魅了しつつあるものになった。いずれもどれだけ自分を満足させられるかを追求する遊びであり、テクニックを高めて競い合うものでもある。あるときは反抗のシンボルとなり、あるときは社会不適応者たちの避難場所になることもあった。実際の行為自体は半世紀を経た今も変わらない。けれど、その役割は確実に変わりつつあるようだ。惚れ込んで追求したサーフィンやアートワークという行為の利点を、自分以外の多くの人のために活用すること。それが新しい時代のサブカルチャーの役割なのかもしれないとハリーワーツ小学校のプロジェクトを見て感じた。確実に時代は移り変わっている。そう確信したプロジェクト模様だった。</p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-13634" title="LA02" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/04/LA02.jpg" alt="" width="787" height="528" /></p>
<p>photo GRAVIS</p>
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		<title>“土曜日”の必然性</title>
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		<pubDate>Tue, 02 Apr 2013 06:52:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[小山内 隆 / BLUER EDITOR]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[　サタデーズサーフのオーナー３人にインタビューしてきました。サーフメディアさんの取材で代官山のストアに伺ったのですが、聞けば今回の来日で受けた取材の数は１０回を軽く越えているとか。ロックスターかと思われるスケジュールですが、それはこちらとて想定済み。予定調和的な質問にはもうウンザリだろうと、ナナメな質問を多数用意しました。 東京とニューヨーク、東海岸と西海岸、サーフと洋服、サタデーズサーフとステューシー。そんな比較論を中心に話をしていると、“やや”どころか“完全に”疲れ気味だった彼らも興味を示してくれたようです。コリン・タンストール、ジョシュ・ローゼン、モーガン・コレット（写真、左から右へ）、みなさん重たい口をわずか軽やかにして答えてくれました。 約束の１時間を越えてしまったインタビューの詳細は後日アップされるサーフメディアさんでの記事に譲るとして、ここでは興味深い会話をひとつ紹介します。それは、「なぜ日曜日ではダメだったのか」という質問に対する彼らの考え方です。 サタデーズサーフのサタデーとは説明するまでもなく、土曜日のことです。しかし日曜という選択だってあったはず。そう、サンデーズサーフです。しかし彼らは土曜日を選んだ。理由は、土曜日こそが完全に自由な日、と捉えた彼らの考えがありました。 「日曜の次は月曜だろ。すると夕方頃にはそわそわして、完全にはリラックスできないじゃないか」 そういうジョシュの言葉を聞いて思い出したのが、日曜日の夕方に放映されているサザエさんです。フリーランスの僕にとって、曜日の感覚はあまり強くありません。でも、小学生の時に見ていたサザエさんが始まると憂鬱になったことは強く覚えています。翌日には学校があるからです。自由だった休日の終わりを告げたのがサザエさんなのでした。 なるほど、ジョシュの言葉は的を得ている。けれど、チュースデーズサーフ、でも良かった。そう、火曜日です。なぜなら良い波は必ずしも週末には訪れません。火曜日にだってやってくる。そのため波のリズムを軸とした生活を送るサーファーは少なくありません。いや、むしろこれまでのサーフィンの世界は、そのような趣向性を持つサーファーが主とされてきました。 では、なぜ火曜日ではなく土曜日だったのか。 ジョシュは、ニューヨークのソーホーにサーフショップをオープンさせた理由を、みんなでハングアウトできる場をつくりたかった、としました。おそらく彼らの頭のなかには、平日は働く日としてあり、サーフを含めてリラックスできる日を土曜日としているのです。つまり彼らにとってのサーフィンとは、アウトサイダーのものではなく、オルタナティブでさえない。とても普通にそこにあって、とても簡単に暮らしに取り入れられるものなのです。そして、その考えを支持する人がニューヨークにも東京にもいた。だから彼らは両都市で成功をおさめられたのだと考えられます。 時代は移り変わっている、ということなのでしょう。 日本のサーフィンは半世紀以上の歴史があります。カリフォルニアを中心としたアメリカでは1世紀以上。今春にはヨーロッパのスペインにライフスタイルブランドが誕生しました。サーフィンは想像以上に広く浸透しているのです。その広さは教育の現場にも反映されるほどです。実際にロサンゼルスの公立小学校では、サーフアートを含めたストリートアートを教材に美術のプロジェクトが組まれていました。宮崎にもサーフィンを授業に取り入れている公立の学校があります。 このような事例に立ち会ってくると、確かに時代は移り変わっているのだと実感します。僕らが魅了されたサーフィンの持つ力が、社会に認められる時代が来ているのだと、とても強く感じるのです。 http://www.saturdaysnyc.com/location/tokyo エディター　小山内 隆]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter size-full wp-image-13439" title="suturdays1" src="http://www.namiaru.tv/news/wp-content/uploads/2013/04/suturdays11.jpg" alt="" width="612" height="612" /></p>
<p>　サタデーズサーフのオーナー３人にインタビューしてきました。サーフメディアさんの取材で代官山のストアに伺ったのですが、聞けば今回の来日で受けた取材の数は１０回を軽く越えているとか。ロックスターかと思われるスケジュールですが、それはこちらとて想定済み。予定調和的な質問にはもうウンザリだろうと、ナナメな質問を多数用意しました。</p>
<p>東京とニューヨーク、東海岸と西海岸、サーフと洋服、サタデーズサーフとステューシー。そんな比較論を中心に話をしていると、“やや”どころか“完全に”疲れ気味だった彼らも興味を示してくれたようです。コリン・タンストール、ジョシュ・ローゼン、モーガン・コレット（写真、左から右へ）、みなさん重たい口をわずか軽やかにして答えてくれました。</p>
<p>約束の１時間を越えてしまったインタビューの詳細は後日アップされるサーフメディアさんでの記事に譲るとして、ここでは興味深い会話をひとつ紹介します。それは、「なぜ日曜日ではダメだったのか」という質問に対する彼らの考え方です。</p>
<p>サタデーズサーフのサタデーとは説明するまでもなく、土曜日のことです。しかし日曜という選択だってあったはず。そう、サンデーズサーフです。しかし彼らは土曜日を選んだ。理由は、土曜日こそが完全に自由な日、と捉えた彼らの考えがありました。</p>
<p>「日曜の次は月曜だろ。すると夕方頃にはそわそわして、完全にはリラックスできないじゃないか」</p>
<p>そういうジョシュの言葉を聞いて思い出したのが、日曜日の夕方に放映されているサザエさんです。フリーランスの僕にとって、曜日の感覚はあまり強くありません。でも、小学生の時に見ていたサザエさんが始まると憂鬱になったことは強く覚えています。翌日には学校があるからです。自由だった休日の終わりを告げたのがサザエさんなのでした。</p>
<p>なるほど、ジョシュの言葉は的を得ている。けれど、チュースデーズサーフ、でも良かった。そう、火曜日です。なぜなら良い波は必ずしも週末には訪れません。火曜日にだってやってくる。そのため波のリズムを軸とした生活を送るサーファーは少なくありません。いや、むしろこれまでのサーフィンの世界は、そのような趣向性を持つサーファーが主とされてきました。</p>
<p>では、なぜ火曜日ではなく土曜日だったのか。</p>
<p>ジョシュは、ニューヨークのソーホーにサーフショップをオープンさせた理由を、みんなでハングアウトできる場をつくりたかった、としました。おそらく彼らの頭のなかには、平日は働く日としてあり、サーフを含めてリラックスできる日を土曜日としているのです。つまり彼らにとってのサーフィンとは、アウトサイダーのものではなく、オルタナティブでさえない。とても普通にそこにあって、とても簡単に暮らしに取り入れられるものなのです。そして、その考えを支持する人がニューヨークにも東京にもいた。だから彼らは両都市で成功をおさめられたのだと考えられます。</p>
<p>時代は移り変わっている、ということなのでしょう。</p>
<p>日本のサーフィンは半世紀以上の歴史があります。カリフォルニアを中心としたアメリカでは1世紀以上。今春にはヨーロッパのスペインにライフスタイルブランドが誕生しました。サーフィンは想像以上に広く浸透しているのです。その広さは教育の現場にも反映されるほどです。実際にロサンゼルスの公立小学校では、サーフアートを含めたストリートアートを教材に美術のプロジェクトが組まれていました。宮崎にもサーフィンを授業に取り入れている公立の学校があります。</p>
<p>このような事例に立ち会ってくると、確かに時代は移り変わっているのだと実感します。僕らが魅了されたサーフィンの持つ力が、社会に認められる時代が来ているのだと、とても強く感じるのです。</p>
<p><a href="http://www.saturdaysnyc.com/location/tokyo" target="_blank">http://www.saturdaysnyc.com/location/tokyo</a></p>
<p style="text-align: right;">エディター　小山内 隆</p>
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