Available on the Appstore
Update:201910.30WedCategory : BLUER

日本のサーフィンクラフトマン-Memory of H.Pamun Hatano

FINにこめる想い

このフィンの制作者の波田野さんは昨年、亡くなった。

2018年3月21日にいきなりメッセンジャーに連絡がきて「肺に水がたまり苦しく呼吸ができない状態だから入院することになり、しばらくの間は面会もできないのでご理解いただきたく元気に帰ってくるので」というメッセージだった。

わたしは入院から確かに帰って来るとしか思わずにいたら、知人から波田野さんが亡くなっていたことを告げられた。

最後の私へのメッセンジャーは2018年3月24日。

その後に苦しみおそらくは続き、しかしひっそりと死んでいった。遺族の娘さんが密葬をされ身近な知人もしばらく知らされなかったようだ。

波田野さんの死が理解できぬまま時間だけが経過してしまった。ただ、今になりようやく自覚できるようになった。

私のもとにある、波田野さんとの試作品や撮影用のミニフィン、未発表作品たち。

ずっと手元においておこうか、と思ったが、当時から購入くださった方や、愛ある方に、残りを手にしていただき、ともに、サーフィンのクラフトマンシップを共有しようと思いたった。

ずっとこだわっていたクラフトマンの肩書。-職人-

スティーマーレーン、ダキャット、、60年代からの代表的フィンのリアルな歴史的フォルムのミニフィンたち。

日本には多くの名シェイパーがいらっしゃるが、波田野さんは決してシェイパーと自称せずに誰もがうまく直せそうにない致命的なサーフボードのリペアをきれいに修理することに注力されていた。

そしてこのMINI FINやサーフボードの樹脂で作るアート作品作りをむしろ楽しんでおられた。

おそらく作ろうと思えば作ることのできるシェイパーはいらっしゃるのだろうとは思う。
しかし波田野さんの言葉を借りれば、ここまで細かい作業はむしろ効率が悪いのだという。

遊び心。

超おたくな少年のような波田野さんだからこそできるミニチュアの工芸品。

数多くのサーフィンのクラフトマンにおいてもFINを究極的に小さくフォイルすることのできるクラフトマンは、おそらくほぼ存在せず、サーフィンやサーフボードのギアの歴史や機能性を熟知しながら小さくフォイルする技術を持ち合わせた日本随一のクラフトマンといえ人だった。

サーフボードのフィンは常時、持ち歩けることはできないが、これはいつもそばにいる小さなリアルサーフスピリッツ。

40年にわたりサーフボード作りに携わった日本の類まれなる職人、波田野さん。この遊び心と、いつまでもサーフィンを愛するスピリッツを教えていただいたことに深く感謝いたします。

波田野さん
Rest in Peace.

※サインにあるPamun(パムン)とは、博文という本名の韓国語読みであり、知人にそう読んでもらって以来、自身をその発音でPamunと称し屋号とするようになったと聞いています。



残された試作品やサンプル品の貴重なミニフィンを愛ある皆様に手に取っていただき、サーフィンのクラフトマンシップを共有させていただこうと思います。数少ない作品ですので抽選販売とさせていただきます。

⇒ご希望の方は、是非ご応募ください

Words by Naoko BLUER Tanaka