Update:201304.24WedCategory : コラム

“ボリューム”ラプソディー

 「身長178センチ、体重71キロなのですが、27リットルで浮力は大丈夫でしょうか?」

 近年、このような問い合わせが増えていると、チャネルアイランドサーフボードのスタッフはいう。背景にはサーフボードの特性を示す数値が4つになったことがある。長さ、幅、厚さに加え、ここ数年で容積をあらわす“リットル”が登場したのだ。容積とは浮力(=ボリューム)のこと。つまり、自分にとって最適な浮力を数値で把握していれば、どのようなサイズ、形状のサーフボードを選んでも、浮かび上がる力が正しければ問題ないと思うユーザーがあらわれているのだろう。

 しかし同スタッフによれば、数字はあくまで目安で、ボードのコンセプトや技量などによって適したスペックは変わる旨を伝えるという。そのため最寄りのディーラーを教え、スタッフと会話を交わして欲しいと返答するのだと話してくれた。サーフボードは今までのように長さだけを目安に選ぶのではなく、デザインのコンセプトで選べる時代ではある。けれど、だからこそ、数値にとらわれすぎないで欲しいという思いからだ。

 同ブランドのサーフボード開発を一身に手がけるアル・メリックは、過去よりも未来に興味がある人で知られる。ケリー・スレーターらと新モデルの開発に意欲的に取り組み、度重なるテストを経てデータ化が完了すれば、そのコンセプトはマシーンシェイプによって世界中のユーザーへ届けられる。それほどに機械的であっても、数値にとらわれ過ぎないようにと同ブランドは警告を鳴らす。むろん、カスタムボードを手がけるブランドならばなおさらのことだ。

 カスタムボードが海外にも高評価を得る国内ブランドのシェイパーに話を聞いたところ、容積だけではなく、数値を重視するサーフボード選びが正解とはいえないと指摘する。

 「マシーンシェイプの場合、プリシェイプの段階でスペックは決まっている。長さや幅と同様、容積も機械化されているわけだけれど、しかしそのような世界観はウインドサーフィンなどではずっと当たり前のことだった。確かにコンペティションの世界で凌ぎを削るトップサーファーたちは、あらゆる形状のサーフボードに対して、自分にフィットするデータを数値化している。それは同じ性能を持ったボードを何枚も必要としているから。一方で一般のユーザーは1年に1本オーダーできるかできないか。それならば、数値にとらわれるのではなく、どのようにサーフィンをしたいのかというフィーリングを最優先するのがいいのではないだろうか。それこそ、今はどのようなカタチのサーフボードに乗ってもいい、まさに自由な時代なのだから」

 湘南・茅ヶ崎と東京・一之江にプロショップ、キラーサーフを構える川畑邦宏プロも、この言葉に同調する。

 「数値が同じでも、アウトラインの変化、レールやセンター部の厚みの変化といったディティールで、サーフボードは動きも推進力もまったく異なる。ウチはスタッフがお客さんの相談にのるような会話を通してその人のための1本をつくるから、『僕の浮力は?』という質問は話題にあがらないな」

 実は僕も、浮力が数値化されれば、その数字を目安にボードを選べばいいから便利になったと思っていた。が、盲目になってはいけないと再認識した。“ボリューム”を示す数字はひとつの指針にはなったものの、あくまで目安。ベストな1本とは、いつの時代も“アナタのための1本”。もはやカスタムオーダーを受け付けなくなったアル・メリックが“アナタのための1本”をつくるとなったら、世界中でどれだけの人がウェイティングリストに名前を残すだろう。やはりサーフボードは工芸品的な佇まいが相応しい。

 ただ今回の取材を通して、サーフボードは工業製品と捉えるお客さんも増えている、ということを知った。都内の大型スポーツ店のスタッフによれば、ここ数年で客層が明らかに変わったのだという。

 「まるで電子レンジを買っていくようにサーフボードを買う人が増えたんです。フルオーダー品に対してさえ『ロゴマークの位置が違う!』なんていうクレームをつけてくる。わずかにズレていただけなのに、です。テイクオフできないから返品したいという声もありました。おそらくプロショップでは状況は違うでしょう。でもそのような方々も僕らのお客さんですから、オススメする目安が多ければ多いほど僕らは嬉しいんです」

 都心では、まったく異なる視点から狂想曲が奏でられていたのである。

 エディター 小山内 隆