サン・セバスチャンに見る、快適な暮らしのヒント
今の僕が知る限り、世界でもっとも美しいビーチシティはスペイン北東部にある。街の名前はサン・セバスチャン。フランスの国境近くにあるこの小都市に、ここだから味わえる文化資源を求めて世界中の人びとが訪れる。文化資源のひとつは、もちろんビーチ。大西洋に面したズリオラビーチはスペインサーフィンのキャピタルで、夏には海水浴場となり欧州各国から多くの人で賑わいを見せる。
海から上がれば美食が待っている。「新しい食」と訳される食のムーブメント、ヌエバ・コッシーナはこの地が発信地。もともと美味しい食材が豊富な場所から新しい調理法が生まれたことで、世界各国から食通が足を運んでいる。
さらに美食の街では、最先端の料理だけではなく、昔ながらのバスク料理も堪能できる。とくに小料理のピンチョスは街中にあるバルで食せる気軽な一品。バルごとに名物があって、その店の名物ピンチョスを食べながらハシゴをするのが、サン・セバスチャンの夜の楽しみとなっている。
しかも夏のスペインは日の入りが遅く、1日4ラウンドはサーフできるほどの日の長さ。20時頃に海から上がり、バルめぐりをすればあっという間に日付は翌日へ。楽しみは尽きず、体力が先に尽きてしまう場所なのだ。
お楽しみはそれだけではない。サン・セバスチャンには100年以上の歴史を持つサッカークラブがある。レアル・ソシエダがそれで、リーガ・エスパニョーラの1部に属するチームだ。つまりサン・セバスチャンはリオネル・メッシ率いるFCバルセロナやCロナウドのいるレアル・マドリードが公式戦を戦いに訪れる土地であり、かつ、昨シーズンは4位となり今季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得したことから、今秋以降には欧州各国のトップチームもやってくることになった。
文化資源はまだまだ続く。9月に行なわれる国際映画祭は今年で61回という歴史を持ち、スペインや中南米の映画に加え、数多くのインターナショナル映画が上映される。音楽のビッグイベントも催される。7月には国際ジャズフェスティバルが開かれ、ビーチでは無料のライブが開催。また8月にはクラシック音楽の音楽祭が開かれ、コンサート、オペラ、バレーと充実のスケジュールが用意される。
注目したいのは、いずれもが本物である、ということだ。
ビーチ環境を含め、多様な文化を楽しむ土壌がサン・セバスチャンにはある。文化とは人が人らしく生活していくうえで必要な要素、そのレベルがいずれもグローバル基準に達しているのである。しかも、わずか人口18万人という小さな都市に。そんな奇跡のような場所は、サン・セバスチャンをおいて他には知らない。
では18万の人が住む日本の都市はどこか。釧路、弘前、三鷹、豊川などは18万人都市であり、立川や鎌倉は17万人都市。たとえば鎌倉などは文化都市として名高いが、「鎌倉には映画館すらない」と以前に鎌倉や逗子で生まれ育った友人たちが言っていたことを思い出す。そうした現状へのアクションとして、彼らは逗子に小さな映画館をつくり、ゴールデンウィークには逗子海岸で映画祭を行なうまでにスケールを拡大したが、まだまだサン・セバスチャンの存在感にはほど遠いと言わざるを得ない。
鎌倉でさえそのようなレベルなのだから、日本でスペインの小都市と肩を並べる都市を見つけるのは難しい。プロスポーツ球団を3つ有して海も山も近い仙台や、みずからサーフタウンを標榜する宮崎にはスポーツ文化都市、ビーチシティとしての大きなポテンシャルを確かに感じる。けれど、世界に名立たる文化都市へ昇華させるのは、他ならぬその土地に住む人たちの意志次第となる。サン・セバスチャンが世界一の美食の街と呼ばれるようになったのはここ10年ほどの話で、美食を売りとする地域戦略が現在の名声を引き寄せたと言われているように。
食に関して、彼らは自分が住む街を住みたいカタチに変えていったのである。では日本のビーチシティに住む人たちは、自分が住む街をどのようなカタチにしていきたいのだろうか。
日本からサン・セバスチャンは物理的に遠い。スペインへの直行便がないことから、到着までに最低2回のトランジットを必要とする。もしくはスペインのビルバオやフランスのビアリッツという近隣都市に入り、陸路でアクセスすることになる。しかし、それでもサン・セバスチャンには訪れる価値がある。そこに住む人、そこを訪れる人の表情に触れれば、真に快適な暮らしとは何か、そのヒントが見えてくるためである。
潮風にあたりジャズを聞く。今年の夏の風物詩は7月24日から開催。 公式サイト
ピンチョス×ワインはバスク伝統の庶民の味。美味し!
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