Update:201911.23SatCategory : BLUERマガジン

ジェリー・ロペスの「空」と「スピリット」論

もうこれくらいにしておこう、と前回で終わろうと思ったけれど、ジェリー・ロペスという人は〝サーフィン”を言語化させるにおいて彼を超える人はおそらくいないだろうということで、私にとって偉大であり興味が尽きない。

今日は2回目のジェリー・ロペスについて書いてみる。

前回は「禅」について加筆し、思考=脳みそを「禅」の状態つまり禅マインドにする話を書いた。今回は「空」と「スピリット」を加味してみる。

ジェリー・ロペス氏は、どうも親近感がわく思う理由として、彼はハワイ生まれだが、父親はラテン系、母親が日系三世の教師で、その影響で「イタクラ・ケン」という日本名を持っているという血筋があることだ。

母方の親のイタクラ・ケンイチ氏は新潟の出身、また水泳を教えてくれたのはサカモト氏、初めてサーフボードを作ってくれたのはサブローおじさん、と、おそらく推測するにハワイの環境は日系人の人々が海を教えたようだ。

日本人はなぜ「海」と近い距離にあるのか、という物理的な距離論ではなく精神論はまたいつか執筆してみようと思うが、彼に影響を与えた海との出会いは、日系人を通じて得たという背景がまずは実に興味深い。

さて、そのジェリー氏のいう「禅」は、彼の言葉では、例えばチューブを抜けているときに「空」の状態になると語っている。チューブに入ると突然世界が変わり、なぜか時間の概念がゆっくりと変わり音が消え、全身の感覚だけが研ぎ澄まされる。たがチューブを抜けたら、いったい何が起こったのかを思い出すことができないのだという。

それが、おそらく禅でいう「空」の状態と言っている。

前回書いた”無”がふさわしかったかはわからないのだが「空」に秘める意味は、時間の概念すらが喪失する感覚ではないだろうか。

彼は「サーフィン」のためにも、座禅やヨガを行い、それには理由があるとしている。

座禅だとかヨガの世界は、いうなれば、見えない力の存在を実感して「本当の自然の力」を理解するための入り口。人類の叡智が詰まっていて「私たちの知るべき大切な”何か”がそこにある」という。

ヨガは呼吸の科学。

自然界にある宇宙的ネルギーを、その際「呼吸」を通じて自分の中に取り入れる。

サーフィンの波には、そもそもエネルギーがあり、それは言うなれば、プラーナ(梵: प्राण、prāṇa)と呼ばれるサンスクリット語。つまり「呼吸や息吹」などを意味するエネルギー体。インド哲学では、このプラーナこそが息物の生命力そのものとされ、波にそのプラーナが充満しているという。

そのエネルギーを得るための入り口が呼吸法たるヨガであって、それを得た結果として「波と一体化することに利用」するためのサーフィンがある。

ジェリー・ロペス氏がなぜサーフィンするのか。それは、「自分自身が循環する宇宙的なエネルギーの一部になるから」だという。

もう究極的な哲学的な話でしかないのだが、しかし、そう難しく考えなくても、逆にシンプルな生き方なのだろう、と自身は理解している。

人は生まれ何を幸せとするか、といえば、究極的には「生きる」ということなのであって、金持ちになりたいとか栄誉を獲得したいという横並びでの証はあっても、そんなエビデンス(証拠)のあるような世界とも違う、そもそも、生きている以上は循環の中の一部であり、いや、一部でしかなく、結局は自分が自然と調和していくことなのだ、という話だ。

ジェリー・ロペス氏が結論づけるその生き方は、誰がどう感じるかは様々だと思うのだが、あまりにシンプルな話か、と思う。

最後に、数度にわたりジェリー・ロペス氏が語っていたことを記事にさせていただいたのだが、以下に彼が語る究極論を記載して終わりにする。

❝サーフィン!
それは、単なる肉体の体験以上に、より深いスピリットの体験を与えてくれるもの。波の中に「静寂の道」を見つけるため。

だから、そこに最大限の準備をし「生」のすべてをささげる行動。波に乗るのは「死」の恐怖を超え、自分の手の動き一つ一つを通じてスピリットまでもがこのサーフボードに伝わってほしい、と願うことで、そのボードに小さな命が宿り、そこに乗ることで命の輪が結ばれて幕が上がる。

自分の中にある「スピリット」を求め続ける。ただただ「スピリット」を求め続ける。
それには、ただただパドリングし続けること、それしかないのだ。❞

※追記
ジェリー・ロペス氏についての詳細記事はしばらくは、これで最後になるかもしれないが、私にとって興味深いのは、ダイバーのジャック・マイヨール氏の唐津との共通点。「日本の自然」は、特にその地形や立地もり、この地球上でもっとも浄化が進む自然を併せ持つ日本国だと認識していて、さらに、このあたりの記事を書いていこうと考えている。

ということで、今日はこのあたりで。

Photo and Words by Naoko BLUER Tanaka

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