Update:201308.26MonCategory : ニュース

<特集>週末を楽しむビーチトリップ Vol.3「SUMMER BEACH IN NORTH CHIBA」

03. 釣ヶ崎広場(志田下)

 サーフィン界に数々の日本チャンピオンを輩出してきた志田下の路面が整備された。その背景には、サーフィンが染み込んだ土地柄ならではのストーリーがあった。

 「志田下という場所は、サーファーだけの場所ではないんです」と、九十九里の南端近く、サーファーでは『志田下』が通り名となっている『釣ヶ崎海岸』で海を見ながら、鵜沢清永さんはいう。目の前の海ではサーファーが波に乗り、その手前で漁師が地引き網を引いていた。つまり『志田下』とは、サーファーにとっての名スポットであるだけでなく、地元の漁師の生活の場、そして祭典場でもある。

 「『志田下』は海水浴場ではありません。地元の人にとっては1200年以上の歴史を持つ上総十二社祭りがおこなわれる神聖な場なのです」という鵜沢さんは、一宮町で育ち、『釣ヶ崎海岸』を庭のようにして育っていった。今では『リーズサースショップ』を経営し、一宮町議会議員として地元の活性化に力を注いでいるから事情には詳しい。

 上総十二社祭りは807年頃にはじまったといわれる。無形民俗文化財に指定されていて、毎年9月8日から14日を期間に、13日には神輿を担いだ人たちが裸に近い姿で波打ち際を駆け抜ける。海岸に鳥居があるのはそうした土地柄を背景とする。

 そして、かつては整地してもデコボコになってしまっていた『志田下』の路面が整備された理由について、鵜沢さんは一台の乗用車をきっかけとした。あるとき車高の低い乗用車が未舗装のため路面の凹凸が激しい『志田下』へと入っていき、車高の低さが影響してバンパーを破損。怒ったドライバーは敷地を管理する千葉県を相手に訴訟をおこし、勝訴を得たというのだ。

 本来なくてもいいトラブルが起きたのは場を開放しているからだ。一般車両の侵入を禁止したらどうか。判決を受け、そのような声が県からあがった。しかし、すべての事情を理解しながら、鵜沢さんたち『志田下』で育った地元のサーファーは「待った」の声をかけた。一般車両の進入禁止はサーファーの排除を意味するためだ。

 「一宮町にとってサーファーがどれだけ重要な存在かを問いかけました。一宮町のキャッチフレーズは“緑と海と太陽のまち”。日々多くのサーファーが訪れ、移り住む人は震災後も増えている。それほどサーファーに人気の土地であることは経済的にも示されています。もし町が海を大切にしなくなれば、彼らは素通りしてしまう。そのような結果になってもいいのでしょうかと訴えました。一宮町にとって海は大切にすべき地域資源なんです」

 広場であるのは海水浴場でも駐車場でもないことを示す。この場を利用するすべての人のために、自治体が開放している場所なのである。この点を利用者には忘れないでほしいと鵜沢さんはいう。そうして実情がキャッピコピーにフィットするように環境を変えていきたいとも明かす。その第一歩が『釣ヶ崎広場』の整備であり、引き続き生まれ育った場所を海が輝く町に再生したいと考えている。

キレイに整備された志田下こと釣ヶ崎海岸は、祭りを愛する地元の人と、漁師、サーファーが混在する場所。

一宮エリアで生まれ育ったサーファーとして、一宮町議会議員として、海を地域資源とした街づくりに力を注ぐ鵜沢清永さん。

良い波はサーファーを育てる。その金言の通りに『志田下』は、日本チャンピオン、世界に通用するサーファーを次々と輩出してきた。

未舗装のため凹凸が目立った駐車場はきれいになった。すべては海の時間を楽しむ人たちのため。ルールとマナーは守って利用して欲しいというのは鵜沢さん。

まさにこの写真が示しているのが『志田下』の素顔。

鵜沢さんはハワイのビッグウェイブでもサーフするビッグウェイバー。黄色のサーフボードは愛用するビッグウェイブ用のガン。

経営する『リーズサーフショップ』は東浪見海岸と志田下の間に位置。公務がない時にはショップが居場所となる。

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